何でこんなにも素直じゃないんだろう…。
でも、素直じゃないのはお互い様って感じかも。
いつもお互いバカにしあって喧嘩しながらもちょっと嬉しい…。
だってここには同じように喧嘩しあえる人なんていないから。
コイツとアタシだけの…『喧嘩仲間』っていう関係。
むこうはどう思ってるか知らないけれど、もしかしたら本気で嫌われてるのかもしれないけど。
…仕方ないよね、自分の蒔いた種だもん。
だってあの時思ったのはホントだもん…。

『なんか弱そう…。』っていうのはね。

でも今思えばアレは口にしないほうが良かったんだろうなぁ…後悔先にたたずとは言ったものだ。
もしもあのセリフを言わなかったら…もっと仲良くなれたんだろうか?
もっと、ちゃんと『オンナノコ』として見てもらえたんだろうか?
不意にこぼれる笑い顔はアタシの方に向いたんだろうか?
クレスとじゃれるアイツを目の端に捉えて、ひとり高鳴る胸を抑えた。
そんな事があるたびに、このふくらみの薄いアタシのちいさな小さな胸は勝手に鼓動を速くする。
ふとした瞬間に見せるかげりにも、弓矢で標的を絞るまなざしも、得意そうに仕留めた弓を誇る時も…。
そのいちいちに過敏にココは反応する。
胸はいちいち高鳴った。

でも

高鳴らせるその表情はいつも『誰か』に向いていて、『誰か』の中に『アタシ』はない。
アタシに向けられる表情はいつだって喧嘩の延長線上に。
いつだって眉間にしわが寄っている。
やっぱりアレ…言わなきゃ違っただろうなぁ…。

 

「うわっなんだァ?すずちゃんこんなの読めるのかッ?」
さっきから自分の歩みと一緒になって移動している、飴玉くらいの小さな石。
カツンと蹴っては自分の足がそれに追いつき、またそのおしりを蹴っては歩く。
石を見失わない為に自分のその数歩先を見つめつづけ、そのために折れた首からは、呼吸とため息が時折混じる。
今現在頭の中で一人討論されているお題は『なぜ自分はこんなにも素直になれないか』だ。
いつから始まったかしれないこの討論会は終わるところをまだ知らない。
なぜなら討論が終わるということは解決策が出るというところだから。
そしてそれはこの先で、パァっと霞んでいた視界が急に晴れるといったような、喉に詰まったものが急に取れたようなすっきりとした感じに出てくるとは考えがたかった。
それは討論会参加者は自分一人だけだからという事実。
なにしろ『一人』討論会なのだから。
そんなさなか、急に前方からすっとんきょうと言っていいほどの大きな声が飛んでくるものだから、片方だけに蒼のイヤリングをつけた耳はそろってピンと立ち、折れていた首もシャンと伸びきった。
その声が先程の議題でも出てきている人で無かったのなら、ここまで瞬時に首は伸びきらなかっただろう。
そんな自分の視線は声の出所をまっすぐに射て、頭の中の一人討論会はひとまず解散の結末を得る。
振り返るわけでもなく横を見るでもなく、自分の真正面にそこはあった。
そうはいっても石を蹴りながらの移動だったので歩みは自然と遅くなり、そんな自分は必然的に少し離れた距離となる。
いつもは見上げなければいけないほどの背の高さ、多分1、2を争うくらいだろうか、それを見上げなくてもいいくらいの距離が二人にの間にはあいていた。
そう、もし隣にいたのなら、今横にいる彼女のように見上げる格好になるのが普通なのだ。
いや、あの子ならば隣に誰が来ても見上げるポーズになるだろう、真紅の装束は背後から差す夕日の色で更に紅く燃えあがり、茶色のポニーテールをも染めている、そんなポーズになるのは仕方ない…パーティ内最年少は現在まだまだ伸び盛りなのだから。
そんな身長差の大きい二人は自分の前で並んで歩く、姿こそはまったく似てはいなかったが、なんとなく二人は『お兄ちゃんと妹』だった。
「ええ、当然です。私これでも忍者ですから」
さっきの耳を貫くほどの声に対して淡々とした幼さの際立つ声が応えている。
そんな彼女が手に広げているのは長い長い紙の川…上流から流れるそれは多分先程修行中のクノイチから譲り受けた巻物と見て間違い無く、「へぇ」とか「ふぅん」とか言いながら、不思議そうな声を出してはチェスターは川を流していた。
そう…あの距離なのだ、欲しいものそして手の届かないものは。
いや、もし仮に届いたとしても、辿り着けたらきっとそこは違う場所。
自分が隣にいる時は喧嘩にこそなりはすれ、あんな笑顔はきっと見れない。
居たい場所は笑顔の降り注ぐ彼の隣…。
自分では届かない近くて遠いこの数歩。
真後ろから差す夕日に焼かれ、さっきから自然と背中が熱い。
きっと今日の夕日は格別紅いに決まっている、そうでなければこんなにもハッキリと、背中を焼いている熱が胸に届くのを感じる事はないだろう。
熱すぎて、ジリジリとしびれるように焦げているんだ。
そんな事を思いながらまるで練りかけの飴細工のような巻物の川を見つめて思い出す。
(そう言えばアタシの飴玉はどこにいったかな?)
足元を見渡しても、二人を見ていた数歩のうちに、蹴って歩いた飴玉のような石ころはもうどこかに消えていた。

 

(なんで…こんなにジリジリしなくちゃいけないんだろ…)
行動派だと思っている自分なのに、その数歩が踏み出せない。
昔は…こんなじゃなかった。
もともと忌み嫌われるハーフエルフの自分、嫌われる理由は自分でどうにかできるものじゃない。
だからかもしれない、自分がハーフエルフだという事なんか、ちっとも気にしないでくれた事が嬉しかった時が有る。
そう、クレスとミントに逢った時だ。
もともとそんなに自分の事を気にした事は無かったけれど、それでもそんな二人は自分にとって嬉しかった。
種族が問題だなんて思わなかった。
いつだって自分は自分なのだから。
だけれども、何かをした覚えの無い時にされる、凍えるような冷たい視線はほんの時折身を斬った。
本当に、ほんの時折だったけれど。

 初めて会ったまっすぐな視線は純粋で清らかだった。
だからそんな彼に惹かれていった。
少し純朴すぎる仕草も魅力といえば魅力だと思えた。
清楚で優しい好敵手も側にいて自分の気持ちを押し出すのを競うようで楽しかった、本気で取られても良かったし、純な彼をいつものように、赤い変な顔にさせるのも面白かった。
冗談めいた風に勢いに任せて『結婚しよう』と迫る事も出来たのに、仕方なくといった条件の下ではあったけれどキスを迫る事も出来たのに…今の自分は数歩先を行く、自分の望む場所にも行く事が出来ない。
斬るような目をされた事は無かったけれど、話しかければ大体いつも喧嘩になった。
いつも何かつっかかってくる。
でも自分は知っている、その原因が自分にある事を。
そう『あの言葉』だ。
「は〜ぁ、やっぱ、嫌われてるんだろうなぁ」
自分の先を行くその道の上ではにこやかに笑いかける彼の瞳と、戸惑いながらもそれを受ける少女の背中…。
「アタシもすずちゃんみたいだったら良かったのかなぁ…」
そう、胸の内を呟いて、ショボンと地面に頭を垂れる。
そんな事は無理だという事に、自分自身もわかっていた。
つま先のそのまた先から伸びる、自分の黒い大きな影は、背後の夕日に引き伸ばされて容易にそこまで行けるのに。
紫色の靴の先から始まって腿、腰、胸…… 辿り着いた最終地点は、なぜか彼の足の下、それは自然と背中をまっすぐ見つめ、ピッタリ背後を歩いていたせいだからなのだけど。
こんなところまで意地悪じゃなくったっていいのにさ と、そうは気づかず見えぬ背後で口だけを大きく動かした。
『ば・ぁ・か』 と。
石ころの一つでも蹴ってやろうかと思ったのに、手ごろな奴は足元には見当たらず、気持ちだけ石をぶつけるように大きく足を振って砂利を蹴った。
当たった、ということにでもしておこう。

さっきは、その大きな背中ばかりを穴が開くほど見つめていた。
しかし今度はさっきの事が気になってか足元ばかりを注視してしまう。
一体いくつくらいなんだろう? 灰色と水色のコントラストに彩られたブーツの大きさは、明らかに遠くはなれたここからでも、自分と比べて大きかった。
そんな足の下には相変わらず自分の影。
そして当人の足元からは背に違わない長い 大きな 黒い影。
隣には日に引き伸ばされてそれでも小さな子供の影。
足の下から逃れるように少し離れてトタトタと進むと、彼の長い影の隣に自分の影。
笑いかけてくれる事も、話しかけてくれる事も、その影はしてくれないけれど、踏まれるよりかは十分だった。
(ま、今日はこの位で我慢しといてあげるわよ)
実際二人の距離は離れていたのだけれど、それでもそこは願った場所 『彼の隣』なのだから。
たとえそれが影だとしても。
今日は 今は この時は それでもいいかとクスリと笑う。
そう、少し手をかざせば手を繋ぐ事も出来る…その手に触れてはいないけれど。
繋がれた二人の黒い影は彼女を少し嬉しくさせた
「おい馬鹿、何やってんだ?」
彼が振り向いた事も知らずに。
「ぅわっ!な、なんだっていいでしょ!は、早く先進みなさいよ!」
「なんだよ感じ悪ィな。大体お前が一番最後尾だろうが、お前こそさっさと先進めよな。置いてくぞ。」
ったく…と、そう言って視線がプイっと外された。
「あ…。」
そう呟いて上げていた腕は力無く落ちる。
感じが悪い その言葉一つだけで、次いで少し浮いていた気持ちもストンと落ちた。
「何だよ?」
「…。なんでもない…。」
やっぱり素直ではない自分。
頭にそんな言葉は微塵も浮かんでなんかいなかったのに、慌てた時に自然と出た言葉があんなだなんて。
嫌われても仕方ないかもしれない。
不器用にも程がある。
自分自身にため息が出て、歩みは自然と遅くなった。
置いていかれてもしょうがない そんな言葉が頭をよぎる。
足元には、蹴る為に転がる石も無い。
「何やってんだ、おっせえなぁ。ホラ、早く行くぞ!」
思いがけず取られた腕は、彼の大きな手に包まれていて、驚きの為か瞳は彼を注視した。
「…、だから何だよ。」
地面に映る、足から伸びる黒い影に目をやると、それはしっかり彼と繋がっている。
そして今掴まれているこの腕も。
…。

「ん〜…。別にッなんでもない.。」

 

 

 

 


あとがき
どーもー、霧夕です。
もう毎度毎度言ってるから もういいってとか言われそうですが、もう漫才の登場シーンのようにいきましょう。
え〜…お題物no.2『影』という事で書かせていただきましたがいかがでしたでしょうか?
ちょっと最近煮詰まり気味だったので色々と考えつつ、行っては戻ってを繰り返して書いておりました。
これでも盛り上がりとかの起伏を書こうと頑張ったんですけれど…どうなんだこりゃ。
初めでは題が『影』ということだったのでシリアス系かなにか暗い話を書く方向が一般的なのかもなぁと思ったのですが、ここは一つ逆で行こうとこんな感じに。
影→なにか影を使った動き→影ふみ→影だけ隣を歩く となってこうなりました。これぞネタバラシ(笑)

それではここまでお付き合いくださった方々!
ありがとうございましたv
(2004・8・22UP)