あいつは強い。
当然だ、俺が唯一ライバルと認めた奴なんだから。
まぁアルベイン流剣術の一人息子だし、なんてったって俺と会う前からしている稽古の賜物っていうのもあるだろうな。
あの日からだって、トレーニングは欠かす事無く行われているし。
それどころかトレーニングなんて呼ぶのもどうかと思えるほど鬼気迫る時だって……ある。
俺だって、そうだ。
剣と弓、互いに扱う武器は違えども、幼い頃からずっと俺たちは親友であり、ライバルだ。
そう、互いに戦い方は違えども。
互いに……そう、違えども。
とりあえず、この間の腕相撲は俺が勝った。

その日の天気は良好と言えば良好で、あまりにも良すぎて眩しいものだから、皆が皆自分の眉毛に平行に、手の平で影の傘をさす程だ。
そんな中、サァッと風が通るたびに海辺の潮の匂いと青葉の匂いが鼻をかすめる。
風があるからいいものの、この日差しの中、影の無い場所でじっとしているのは少し辛い。
じんわりと肌が汗をかき、服は頼みもしないのに張り付くだろう。
しかしそれは街での事、ここも同じ街の一部だと言うのに、時間が経つに連れムッとした熱気が篭ってきて風もなんだか気持ちが悪い。
服は張り付くを通り越して吸い付いて、気持ちが悪いどころじゃない。
潮の匂いより芝の匂いより鉄のような血の臭いと人の臭いが混ざり合う。
だがそんな事は皆気にならない。
同じように手に汗をかき、声援とどよめきを繰り返す。
気になる事はただ一つ、視線の先……観客席に囲まれたその中央、白銀の鎧と真紅のマントに身を包んだ一人の剣士の勝負のみ。
ぽっかり空いたあの場所は、どんなにおいがするのだろう?
青い芝の匂いだろうか、それとも鉄の臭いだろうか。
そこから見える景色さえも、俺は知らない。
何一つ。
「おおっとクレス選手大きく踏み込んで斬りかかったぁッ!!!」
会場内にどよめきとアナウンサーの、唾が飛びそうな勢いの言葉が響いた。
中央では大きくかざされた剣の切っ先がジリジリとやける日の光を七色に煌かせ、そして今度は逆に振り下ろす勢いと自身の体重を乗せた一撃を敵の頭上めがけて打ち放つ。
「よおし!そこっだぁ!一気にいっちゃえぇ!!」
「おおっ!?いいぞクレス!そこだッ!!畳み掛けろ!」
しかし間一髪、モンスターの巨大な爪が剣のその身を受け止め振りかぶるように弾く、空いた反対側の爪先が隙だらけになった腹部を容赦なく狙う。
奴の頭の中にあるのは切り裂かれた腹部からずるりとはみ出した臓物と血、名誉や勝利などというものなどあるはずもない。
激しい戦いのせいなのか、それとも魔物本来の欲望か、だらしなく口の端からは泡立ち気味の唾液が唸り声と共に漏れている。
傷を負っても気にしないのはあらかじめ打たれた興奮剤のせいなのか、だらだらと垂れる傷口からの出血にさえ気が付いていなく見える。
ハッキリと背景まで映らない視界は、目前の赤色だけを写し取り、垂れた血液が眼に入り、視界は赤一色、殺意のみに染められた。
「クレスさん、危ない!」
観衆も皆息を飲む。
「!!」
声にならない声を出し、反射的に自分の拳を握る。
まるでその呼びかけでも待っていたように同時、赤は土を蹴り横に飛ぶ。
ゴロリと回転し回り込んだ横、一撃必殺を狙った大振りの攻撃でがら空きになった身に、旅中見たあの技が見事に入った。
「くらえッ獅子千裂破ぁあッ!!!」
目に見えぬほどの連続した突きが魔物の太い腕や足そして腹に幾度となく打ち込まれ、最後に獅子の形を持った闘気が魔物の巨大な体躯を吹き飛ばし観客のいる真下の壁に、ドォンという音を立て激しく叩きつけられた。
見まごうことなく間近に奥義を打ち込まれた巨体、あんなにも牙を剥いていた口は半開きのまま閉じられる事も、再び牙を剥く事も無く、目蓋はゆっくりと閉じ、そして二度と動かなくなった。
観客席は、まだ少しミシミシと揺れていた。
そしてそのすぐ後、また違った意味で観客席は大きく揺れた。
「……、……!!クッ……クレス選手勝利ィィイイ!!!見事に奥義が決まりましたぁぁあ!!」
ワアァァァと波打つような歓声の中、兵士によって魔物は柵の向こう側に運ばれて消える。
中央に残されたクレスの額からは相当汗が滴って、血で赤く染まった刀身を振るとブンッという鈍い音と大量の赤い血がボタタッと地面に弧を描いた。

「いやぁホント、クレス様々だね〜ぇ」
日も暮れて、闘技場も閉鎖される時間、皆の足取りは軽い。
特に足取りが軽いのが旦那、手に札束を扇にして満身の笑みで笑っている。
「えっ?!ちょっとクラースさんどうしたんですかそのお金!」
むっふっふといやらしく笑い振り向いて歯を見せる。
「いやぁクレスがあんまりにも強いから連戦達成に賭けたんだよ。なぁに、ちょっとした小遣い稼ぎさ」
物凄い量の『小遣い稼ぎ』だ、扇の厚みが半端でない。
「旦那、そういうのは詐欺って言わねぇか?」
「何を言うんだ。私は詐欺なんてしてないぞ?ちょっとクレスの知り会いだなんて事を黙っていただけさ」
……そういうのを詐欺って言うんだ確信犯め。
無茶苦茶な理論武装に思わず笑う。
「って、詐欺も何も賭博は禁止されているじゃないですか!」
「んあ?何カタイ事と言ってるんだクレス、大人の社交界だよ、社・交・界。皆コッソリやってるんだからいいじゃないか、ちょっとくらい」
「いけません!」
「まぁまぁ、い〜じゃんクレス、お金はあって困る事なんて無いんだし!」
おっ、アーチェ良い事言った!とクラースの合いの手が入り、その向こう側で可笑しそうにミントが笑う。
この二人が徒党を組んじゃ、正義感の塊クレスもあの調子でかわされて、全然歯が立たないだろう。
「まぁたしかにお金はあったほうがいいれど……。しかしなんか、アーチェもやたら……機嫌、良くないか?もしかして……?」
でへっといういやらしい笑いが歯を見せた。
片手にはあいつの財布。
なぜかパンパンに膨れている。
「えっへへ〜っ、あたしもやっちゃいましたぁ♪」
ゲホッとむせる。
不意に吸い込んだ空気が気管に入った。
「お前もかこのバカ!」
「アーチェさんもですか?!」
「アーチェまで……!!」
内容もタイミングも揃いも揃って同じにハモる。
「ま、ま、そう言わない言わない。今日はこれでちょっと豪華にいけるじゃん?結果オーライ、出発シンコー♪細かい事は気にしないっ!ね?」
「そうだぞ、クレス。いいじゃないか、今日は物凄く良い試合だったんだし!」
さ、この話はおしまい!とでも言いたげにアーチェの手がパンッと打たれ、話に乗る。
「ほんと、ほんと!アレカッコ良かったよねぇ!あの間一髪避けるとことかさ!ね、ミント?」
「え?あ……そうですね、少しハラハラしましたけど無事で何よりです」
「んふふふ、凄かったんだよぉミント。目はクレスに釘付けなんだけど、隣にいたあたしの手を気がついたら握っててさぁ〜。クレスが危なくなるたびスッゴイ力でギュッてするんだも〜ん♪やぁだわぁ〜♪」
ニタニタと笑う視線の中で、白色が一気に真っ赤になり、頬か耳かそれともその中間かを必死に隠していつものセリフ。
「あ、アーチェさんったら!!」
いつもの、いつもどおりの談笑にひとり一息ついて見上げる。
一日をジリジリとあれほど焼いた日は落ちて、地平線に吸い込まれていく。
なぁ?お前が立ったあの場所は、どんな風が吹いていく?
芝の匂いか血の臭いか、それとも自分の汗の香か?
声援を受け、照れくさそうに手を振るお前、一体どんな気持ちなんだ?
アイツは人一倍騒がしいからな、聞こえてんだろ?頑張れって、カッコイイってよ。
「な〜にたそがれてんの?スケベ大魔王」
俺の頭上の影から急にピンクの髪とアイツが覗く。
驚き半分に飛び退り、やたらバクバクさせる心臓をぎゅうと押す。
「そんなんじゃねぇよ、バ〜カ」
バカと言われたことなんてこれっぽっちも気に止めないで、ふうん……と、ネズミやそこらの虫のようにチョロチョロと周りを飛び回る。
んだよ、なんか用でもあんのかよ。
「あんたさぁ……いつも試合の時とかさ、合間って言うか不意にって言うか、な〜んかつまんなさそうな顔してるよね。なんで?」
「な!?お、お前には関係ねぇよ!」
「ふぅ〜〜ん……?あ、わかった〜!クレスばっか声援貰って羨ましいんでしょ?ね、図星でしょ?ね?」
「うっるせぇ!あっち行ってろ!バカ」
だが否定はしなかった。
「なにさ!感じ悪いのっ!」
「……、……。ねぇ、チェスター」
ついっと横に並んだ箒から今度はアイツの腕がにゅっと伸びる。

『がんばってネv』

ぎゅっと耳を摘まれて痛いはずだというはずなのに、言葉の響きにその声に
ゾクリ、と
体が震えた。

 

 

 

 


あとがき
あ、どもども、霧夕です。
え〜お題no.6『ライバル』いかがでしたでしょうか?
なんていうか…ん〜。
クレス爆発(笑)とでも言えばいいんでしょうか、大半をクレスが占めております!
いやいや願ったり叶ったりなんですけどね。
書きたかった所なんて一発でわかるので置いておいて!(そこからは恥ずかしいので逃げます)
クレスの戦闘シーンを上手く書きたくてああでもないこうでもないと止まっていたんですけれど
場数が無いにしてはそれなりに出来たのではないでしょうか?
個人的趣味戦闘シーンのみの描写が多く含まれる小説とか読まないんで;
しかもどれがいいのかもわからないしで。
あとはクラースとアーチェのコンビがちょっといい感じに書けたかな?
クラ−スさんは軽〜くああいう遊びをしていそうだと思います。
最近書けていなかったので内心ドキドキなのですが(笑)

ではではいつものセリフではありますが
最後までお読みいただきまして
ありがとうございました〜vv
(2005.3.4UP)