大丈夫。
きっとそこには、柔らかく甘い湯気を立てる鍋をゆっくりをかき混ぜる姿があって。
きっとそこには、歩き通しでくたびれた足を伸ばしてほぐす姿があって。
きっとそこには、刃の切れ味が悪くなっていないか丹念に調べる姿があって。
きっとそこには、明るいいつもの笑い声があって。
きっとそこには、暖かい空気が、眼差しがあって。
きっとそこには、皆が居る。
こうやって1人で歩いてみると、あまり気の進まない遊びのつもりが思ったよりも遠くまで分け入り進んでいたようだ。
ただでさえ遠いテントへの距離が、空腹が急かしていたせいもあって1歩1歩進む距離が遠く、重く、反対に時間ばかりが早く進む。
いつもはそんなに気に留めない雲の動きが、気のせいかいつもより速い。
時間が経つのが速いのか、あるいはただ単に今日の風が強いのか。
薄青に広がる空の端を千切れた雲が白く埋めている。
その下では黄色く色づいた木の葉が幾重にも重なり落ちて道を埋め、枝には赤く房になった実が揺れる。
それに鳥がやってきてついばんでいたかと思っていると、赤く実った実のいくつかが房から離れ地面に落ちる。
あとはそれをくちばしにくわえて自分の住処へと持って行くの繰り返し。
秋の風に乗る鳥でさえ帰る場所を知っている。
私もあと少しで帰るから。
私を待つ場所に帰るから。
自分の背丈もある茂みの先。
それを掻き分けた先が終着点。
これまでにここを通った旅人が使ったであろう跡が所々に残る場所。
いつかに切られた樹の切り株が1つ、2つ、転々と残って跡を作り、人の手によって森にぽっかりと穴があく。
樹の葉という屋根を失った森は日の光が直接差しこんで、夜にでもなれば夜空がきっと美しい。
切り倒された木は大部分が何かに使われて、残った部分がそこらで適当に山にされている、そんな場所。
きっと今頃、楽しそうに口ずさむ歌が聞こえ、談笑が漏れ聞こえる
と、思っていた。
けれど、

辿りついた先は……

無かった。
何も。

柔らかく甘い湯気を立てる鍋をゆっくりをかき混ぜる姿はなく。
歩き通しでくたびれた足を伸ばしてほぐす姿もなく。
刃の切れ味が悪くなっていないか丹念に調べる姿もなく。
明るいいつもの笑い声など聞こえるはずもなく。
暖かい空気が、眼差しもなく。
誰一人、いない。
「え……?」
人も居ない、物も無い、言葉通り『何も無い』
組み立てられていたテントは無く、荷物も無く、人影も無い。
残っているものと言えば、そこが場所を間違えたわけで無い証拠についた作りかけの焚き木の跡にテントの跡。
「これは……一体……」
呆然と、ただその場に立ち尽くす。
疑問がどんどん膨らんで、自分が逆にどんどん小さくなるようだった。

まず左から右へ。
ゆっくりと流れる水の様に、漠然と周りを眺めていた。
ぼんやりとしているような見た目とは逆に、精神は少しの違和感も見溢さぬよう、だんだんと心尖ってゆく。
異常に落ちた木の葉、土の上を擦った痕、たとえそれが木の幹に出来たほんの少しのささくれであったとしても何一つ痕跡を見落とすまい。
血の匂いは無く、争った跡も無い、ついさっきまで誰かがいたという気配も無い。
それを確認すると今度は逆に右から左へ視線を落とし土を眺めた。
火を起こした跡と消した跡、それと組み立てたテントが建っていた跡だけを残して無くなっている。
野党の類にあったのか?
そう考えて出てくる答えは『否』
宿営地にはいつも誰かが居るはずだ、番にしても、なんにしても。
全員が全員居なくなるとは考えにくい。
では残っていた人間がしょうがなく皆出て行かねばならない緊急事態にあったとしたら?
……それも答えはさっきと同じ。
『否』だ。
例えばそんな事態になったとして。
鍋を片付け、火を丁寧に消し終えた後、わざわざテントをキチンとたたんで、その足で駆けつけるということはありえるか?
いや、むしろそれは緊急事態ですらないではないか。
ぷるぷると頭を振って浮かんだ案を掻き消した。
ではなぜ?
さわさわと揺れる木の葉達がそうっと耳に言葉を寄せる。
さわさわとざわざわと、笑い声を含ませて。
背中の毛が総毛立ち黒い重油に似た焦りが肺の奥に溜まってゆく。
『誰も待ってなんかないんだよ』
樹は語らない、風は語らない、そんな事わかっている。
なのにその場にたたずむ事に耐えきれず、地を蹴って走り出す。
『君なんか待っていないんだから』
走る自分に樹の枝葉が絡みつく、引きとめようとしているのだろうか、捕まえようとしているのだろうか。
走ったところで意味の無い事だと風が言う。
幻聴だ、そんなのは。
話すわけが無く、聞こえるはずがない。
わかってはいるのに耳を塞いだ。
『きっと置いていかれたんだよ』
聞きたくなんか、無い!
土を蹴り、藪を駆け、覆い茂る枝も葉を避ける事無く払いのける。
枯れた木の枝が服に絡んだが、走る自分の速度に負けてバキリと乾いた音を立てた。
どこへ行くというのだ、どこへ行けというのか、戻る場所など無いというのに。
『きっと置いていかれたんだよ だからやめようもう止まりなよ』
枝にかかって捕らえられ、引かれた袖で動きが止まる。
服の裾が破れても、枝をバキリとへし折っても、正直どちらでも構わなかった。
振り放そうと片方の手を耳からはがし後ろに払う。
枝は細く長く、けれど砂土でゴツゴツとし、皆同じような場所に節をがあった。
枝は払われる事も無く、服の裾が破ける事も無い。
ただ、しっかり掴んで放さない。
「イテ!!」と小さく悲鳴を上げて。

 

皆に知らせなきゃな、とひとこと言ってからの時間は速かった。
まず懐から小さな手鏡を出す。
かと思うとおもむろにそれを空に向け、何回か手首の中で左右に振る。
キラキラと光る鏡を合図に空からは勢い良く箒が滑り、木の葉の表面を掃くように自分の真横に飛び落ちる。
「すずちゃん!!」
名前を呼ばれた。
あっけにとられてポカンとしていると「も〜どこいってたの心配したよ〜」と有無を言わさず羽交い締めにされていて、その間も続々と茂みの中から見知った顔が現れる。
「皆さん……。これは一体……どうして」
事態が飲みこめない。
疑問だけが膨らんで、なかなか言葉に紡げずにポロポロ端から零れだす。
小さなビーズを細い糸に繋ぐように、糸の先に弾かれて辺りに飛んで進まない。
もどかしい。
「どうしたもこうしたもあるか」
半ば呆れ顔で腕を組む、困った顔のような怒った顔のような……よくわからない顔だった。
「これでも心配してあっちこっち探しまわったんだぞ。まったく一体どれだけレベルの高いかくれんぼだ」
言いきってもう一度、まったくと続く。
「まあまあいいじゃないですかクラースさん。すずちゃんも無事見つかった訳だし」
「そうですよ。大事が無くて良かったじゃないですか」
髪を撫で頬を撫でられる。
そっと耳元に口を寄せ、ああやって怒っているけどねさっきまですごい心配してたのよと添えられた。
心配。
どこか遠い異国の話のように聞こえていた。
けれどどこかこそばゆいのはきっと気のせいではないのだろう。

秋空の下、空気がとても澄んでいた。

 

 

 

 


あとがき
どうも、霧夕です。
10000hitキリリク『子供っぽいすず』でした。
というか…どこが子供っぽいか明確にわかんn(以下略)
普通子供っぽいと言えばやたらムキになったりするんだと思うんですけれど
そんなふうにはまずないからなぁ…と(苦笑)
なんというか大人っぽいとも違う独特のマイペースさがあるような感じがします
特にドラマCDを聴かれたことがある方からしたら明らかに別人なので要注意
実はこちらかなり書いてる段階で間隔があったのでその間にドラマCDを手に入れたのですが
あらかた書いた後聴いてみてビックリでした
それにしても当初はもっと悪戯好き気味で足跡をこっそり落ち葉で隠すような森でしたが
かなり恐い雰囲気に変わったなぁ……

こちらは10000hitを踏まれました涼海 陽様へ!
物凄く遅くなりましたがこんなでよろしければどうぞ
こちらは
涼海 陽様以外の方は持ち出し禁止となっておりますので以外の方はご了承下さいませ。

それではここまで長文にお付き合いくださった方々
どうもありがとうございましたv
(2006/3/6 UP)