宿屋のテラスに頬づえをついて、どこを見るとも無くぼんやりとしていると、
爽やかな風が髪を軽く撫でトレードマークの赤い鉢巻きを時折揺らした。
なんていい天気なんだろうと空を見上げると、所々白い雲がかたまりあっているだけで
目が痛くなるような青色が広がっていた。
そんな青空を眺めながら「どうしようかなぁ」と眉間にしわを作り、
心の底から今日1日をどう過ごしたらいいかを僕は悩んでいた。
たまに休日があるとどう使っていいかがわからないものだ。
普段であれば常に何かしらある為に、特に困る事も無いんだけれど。
何もしなくても……いや、
何もしないからこそやらなければならない事が勝手に山と積もってゆく。
たとえば買い出しやら、装備品のメンテナンスやら、情報収集やらと、
とかくなにかにつけて忙しい。
情報収集はすずちゃんという強い味方をつけたので、
以前よりグッと楽に、より深い情報が手に入りやすくなったように思う。
正直、感謝している。
他には買い出し。
と言っても、これがなかなか難しい。
まず1番に自分達のふところの状況に問題がある。
カツカツの金欠状態というわけでは無いのだが
こんな当てもない旅の中、どこで何が起こるかわからない。
何かあった時の為に出来る事ならば少しは蓄えておきたい。これは皆同意見だった。
つまり買い出しは買い物上手でなければならない。
けれど安ければ良いというわけにいかないのが厄介なのだ。
思い浮かべているだけでため息が出た。
武器、防具はまぁ良しとして、食材に至っては、次の目的地までの到着日数を計算して、
荷物にならないくらいの量を腐らないように上手く使い切れるように考えておかなければいけない。
これが本当に大変で、僕はよく頭を悩ませる。
いつもの日常がそんなで慣れてしまっているので、
急に『せっかくのいい天気なんだしたまには』と、
降って湧いた休日に一体何をしたらいいか困ってしまう。
悩んでいるだけで時間が過ぎるのも勿体無い事なんだけれど、
どう有意義に使おうか考えるだけで、なんだか頭が疲れてきそうだ。
ため息が出る。
そんな状況を見かねてか、同じくテラスのすぐ横で寝ていたクラースさんが
半分とろんとした様子でゆっくりと、重たそうに上半身を起こした。
「おいおい……、こんな天気のいい日に若人がな〜にため息なんかついてるんだぁ?」
アルコールの臭いが鼻をついた。

 

「こんな時間からお酒飲んでるんですか?」
まだ、夕方には当分先だったから、思った通りを口にした。
朝とまではいかないけれど、それでも十分に日は高い。
店内1階、ロビーから張り出すように作られているテラスには
ちょうどよい日の光が差し込んでいる。
そこにはいくつかのリクライニングチェアと簡単なテーブルが用意され、
そのひとつに声をかけた男は寝そべっていた。
傍らにはジョッキが並んでいる。
「いいじゃないか。こ〜んな贅沢、普段だったらできんぞぅ。」
恐らくすでに酔い始めているようだった。
喋る息が酒臭い。
テーブルにはジョッキがひとつだけれど、恐らくもう何杯かは飲んでいるはず、
店員がもう何杯分か下げてのこの数に違いない。
じろりと飲んだくれた中年男に非難めいた視線を送った。
「なんだ?その顔は?いいじゃないか、今日は1日せっかくの自由行動なんだから」
確かに自由とはいうものの、いいのだろうか?
「……。」
何が悪いという事はきっとないんだろうけれど、
どことなく明るい時間から飲む酒はあまりいい印象ではなかった。
それがたぶんわかっているんだろう、弁明のような言葉に始まり、
なぜか話が説教のように続いている。
「大体若い者が明るいうちから暇を持て余してるなど、どういうことだ。
若いと言えば遊び盛りというもんだろうに。
他の奴を見ろ、みーんなどこかに出掛けてるぞ。お前も散歩でもしてきたらどうだ。」
ふう、と外を見やる。早朝の静けさももう終わり、慌ただしく人が行き交っている。
「……。」
確かに宿屋には自分達をおいては誰も居なくなっていた。
何があるかは知らなかったが、自由行動を提唱した数人に至っては
「さすが、話がわかる!」と早くも足をドタドタと鳴らして外の街にくりだしていた。
皆はどこで何をしているんだろう?
久々にポッと渡された自由は自由過ぎて持て余す。
「んッ?なんだったらお前もここで一緒に飲むか?何がいい?」
そう言って、ぐるりと首を回し振り返り「おーい」と大げさに手を振った。
そんなつもりもなかったのでうろたえていると、店員がすぐさま寄ってきた。
ジョッキが目の前で掲げられる。
「わたしにコレと同じ物を。えっと、こっちには」
「僕は結構です。失礼しますっ」
つれないねぇと冗談めいた声が聞こえたが、わざと聞こえないふりをした。
「じゃぁ〜……、何かコレに合うつまめる物をくれ」

 

なんだかんだで時間が進むのは意外に早い。
くう、と小さく責め立てる腹の音に自分の腹部を撫でさすり、買ったサンドイッチを一口かじった。
こんな天気のいい日は何をしよう。まだ何も決まっていない。
トマトの酸味が口の中に広がる。飲み込みながら、もう一口を大きめにかじるとかけらが口についた。
口の端に残るパンのくずを指で落としていると、向かいから子供が自分の前を駆け抜ける。
膝小僧を青あざまみれにしながらも、楽しそうに全力疾走して人ごみの中に消えてゆく。
昔の自分もあんな風に森に走っていったものだ。
覚めるほどの青空を見上げながら、懐かしい思い出に目を細めた。
そう思うと今日はピクニック日和か、アーチェに言ってみたら乗り気になりそうだ。
お弁当を持って狩りもいいし、キャンプだって楽しかったなぁ、
……すずちゃんにもいいかもしれない。
子供が自分だけの思いつきをしたみたいに妙にわくわくした。
「あ、でも今がキャンプみたいなものだから、ここはやっぱりお弁当かな?」
口の端をもう一回撫でた。パンくずはもうついていない。
サンドイッチなんかでもいつもよりちょっと豪勢にしたらいいかもしれない。
いつもより豪華に、日保ちするだのしないだの関係なしに、
皆で好きなものをはさんで、あとで交換するのも楽しいかもしれない。
どんなものを入れると美味しいだろう?
おにぎりでもいいかもしれない。
ふいにアーチェの顔が浮かんだ。
……皆少しずつ多めに持っていこうと提案しておこう。
そうすれば、安心だ。
でもこんな時間からだともう遅いか。
少し遅めの昼ご飯を、最後の一口放り込んだ。

そんな事を考えながら石畳を歩いていると、見慣れた金色の髪が目の端で煌いた。
勝手にキュウとどこかが苦しくなり、のどがこくっと鳴った。
すぐに彼女だということに気がついた。
探していた訳でもないのに。
そんな時、自分は重症だと思う。
いつもなめらかに落ちるあの艶を、自分の身体が覚える程に見ていたから、当然と言えば当然だった。
遠くに居ても、目を閉じた中でも、彼女のシルエットを追いかけていた。
彼女に話さなければいけない事がある。
いつ、どうやって、彼女にどう伝えていいものか考えているうちに
それとは別の事で自分のなかがいっぱいになってしまっていた。
気がついたときにはもう、近くに居れば居るほど、彼女の顔を普通に見る事が難しかった。
意識しないで話していると喋らなくていい事まで喋ってしまい、
じゃあ逆に意識しすぎると喋りたい事が喋れなくなっていた。
思わず自分の胸元をパンくずがついていないか払ったが、
彼女はそんな自分にはお構いなしでこちらに気づく様子がなかった。
バザーのように開かれた店には同じ揃いの木箱の中に見やすく食材が並んでいる。
ミントはそれを覗きこむように眺めながら、手には野菜がひとつ掴まれている。
白の手袋に包まれているが、それでもほっそりとしたしなやかな指だ。
またどこかがキュウと苦しくなる。
「何をしているんだい?」と声をかけてみようか。
今日は何をしてすごすつもりだろう?
それを聞いてみるのもいいかもしれないと、話しかけるタイミングを見計らった。
手に掴んでいた野菜をもう一度木箱に戻して、その指先を下唇にあてている。
そのやわらかそうな唇に、またのどがこくっと鳴る。
桜のようなほんのりとした色のくちびるがニコリと笑ったのが伺えた。
うん、と頷いた彼女の口から指が離れ、さっきの野菜をもう一度取る。
買おうか買わないか、悩んでいたみたいだ。
思わず自分の口元も緩む。
彼女が気づくまでもう少しその仕草を眺めていたくなった。
話しかけるのを諦めた。

 

 

 

夜が来た。
テラスから見上げる夜空は星が瞬いて、夜風もまた気持ちの良いものだった。
あれからミントは足早に宿に帰ったようで、
話しかけるタイミングを失った僕は後姿を眺める事しかできなかった。
テラスに続くロビーには、日中はさすがに散り散りになった仲間が集まり始める。
向こう側ではテーブルにクラースさんとアーチェが向き合って、
二人してそれぞれが熱心にトランプでタワーを作っていた。
さっき見たときにはカードを広げて睨み合っていた様だが、それには飽きが来たのだろうか。
今度は二枚のカードをそぉっと人の字のようにもたせかけて、それを高く積み上げている。
「あっ!」という悲鳴の次にはもう片方からも「あぁっ!」と悲鳴が聞こえていたが、
先程から悲鳴が消えて、神妙な空気が流れているようだった。
見るとアーチェもクラースさんも、お互いの高くなったタワーの前で手をぷるぷるさせていた。
最後の一角でお互いが同じようにカードを持って固まっている。
「あー!ハラ減った!お。美味そうな匂いだなぁ、誰か何か作ってんの?」
階段からドスドスという僅かな地鳴りが響いた。それに伴い片方のタワーが一瞬にして崩れ落ちる。
アーチェがこの世のものとは思えないほどの大きな声で叫んだ。
最上段に積むはずだったトランプを持つ手がわなわなと震えているのが見て取れる。
向かいにあるもう一山は、奇跡的に地鳴りにも、叫び声にも耐え、なんとかまだ持っていた。
「ちょっ……と、あんた!今自分が何したか分かってんの?」
「あ?なんだよどうかしたのか?」
ひと騒動ありそうな不穏な空気だ。
その間でクラースさんがさっきと同じポーズで両腕を振るわせる。
「ちょっと……お前ら、喧嘩ならよそで」と息遣いに気をつけている途中、
「なによ」「なんだよ」という声の中ドンとぶつかった振動で、
積み上げられた山はバラバラとはかなく崩れ去った。
涙の混じったような声でクラースさんが叫び声を上げた。
「料理が出来ましたよ。」と、そこでちょうどタイミング良く
ミントとすずちゃんが鍋と皿を持ってやってきた。
三すくみ状態が、ぱぁっと穏やかになる瞬間を僕は見た。
その一瞬をついて、抱えていた皿を置き、すずちゃんがテーブルに散らばったカードを手早くまとめた。
テーブルにはバサッとクロスがかけられて、綺麗に皿が並べられ、
そこにミントが鍋の料理をすくい入れる。
いい匂いがここまで届く。ビーフシチューか?
「今日はせっかくのお休みだったので、いつもより時間をかけて作ってみたんですよ」
ふふ、とミントが嬉しそうにこちらを見た。
昼間見たあの表情と同じだ。思わずふらりとテラスから離れる。
またこくっとのどが鳴った。
ビーフシチューがあまりにも美味しそうな匂いだったからだと自分自身に嘘をついた。
そんな様子を見てクラースさんがぼそぼそと喋るのが聞き取れた。
「おい、すずちゃん。」
「はい。」
「クレスとかけて何と解く?」
テーブルに今度はスプーンを並べていたすずちゃんがぴたりと手を止める。
そうですね……、と少し考えて
「クレスさんとかけて、エビやカニなどの甲殻類と解きます」と答えた。
エビ?カニ?どういうことかわからない僕に代わってクラースさんが話を続ける。
「ほほう、してその心は?」
ちょいちょいと小さな手が耳を招いて、クラースさんがそれに応じて腰を曲げる。
ひそひそと小さな耳打ちをしていると、クラースさんがにやっと笑った。今度は自分が手招きをされた。
「なんですか、エビとかカニとか。」
「いいからいいから。ちょっと耳貸せ。」
くいっと耳が引っ張られる。
ぽそぽそと小さくささやかれた。
「すずちゃんがな、それと一緒で骨がないってさ。」
なんだか意味がよくわからない。
しょうがない奴だなぁとでもいう風に、もう一度耳を引っ張られた。
「だから、ほ・ね・ぬ・き。お前がミントにすっかり骨抜きにされてるっていうことだ。」
いっ?!と思ってテーブルを見ると
すずちゃんはもうすでに食事の準備を終えて、水をついでまわっている。
「さぁ、お食事にしましょう」と、ミントのよく通る声を合図に皆が席に着き始めていた。
ごくりと確実にのどが鳴った。

 

 

 

 


あとがき
昆布様よりリクエスト『6人の旅の中の日常』

たまのお休みって何をしたらいいかわからなくなりません?
あと、お買い物で買おうかやめようか悩んでいる女の子は
すごくかわいらしいと思うのですがどうでしょう。
ちなみにエビやカニは外骨格ですね。

ものすごく遅くなりましたがこちらはせっかく申告頂きましたので11100hitで昆布様へ!
こんな感じの日常はいかがでしょう?
よろしければどうぞ^^
こちらは昆布様以外の方は持ち出し禁止となっていますのでご了承下さいませ。

それではここまでお付き合い下さった方々
どうもありがとうございましたv

 

(2009/1/26 UP)