チェスターがこっちを見てくれない。
せっかく久々に二人きりになれたのに。

すれ違うカップル達を横目で見ていると、鼻の中がツンとしてくるのをアーチェは感じた。

 

【素直と我侭は紙一重】

 

別に1日自由な休みなわけじゃない。それはわかってる。
クレスとミントに買い出しを頼まれたチェスターに、強引に自分がついてきた。
だからチェスターには用事がある。
それもわかってる。
だけど。
(もう少し、こっち見てくれたって……いいじゃん)
立ち止まって、泣き出したかった。
泣き出して、困らせて、優しい言葉が欲しかった。
すれ違うカップルは手を繋いだり、腰に手を回したり、並んで楽しそうに何か話している。
そういう事がしたいだけなのに、チェスターはあたしに気がついてくれない。
さっきから後ろを歩いているのに、少しずつ遅くなる足に気づいてくれない。
気がつかないで、どんどん先に行ってしまう。
(このまま立ち止まったら、人ごみではぐれちゃうかなぁ)
はぐれたら、チェスターは探しに来てくれるだろうか。
今振り向いてくれたなら、今気がついてくれたなら、はぐれるぞって手を引いてくれるだろうか。
すたすたと、歩幅を気にしないチェスターは、あたしがこんな気持ちになってることも、
だんだんと二人の距離が開いてゆく事も、ちっとも気がついていないんだろう。
(一緒にいるのに、こんなの全然一緒じゃないよぉ)
また鼻がツンとした。ギリギリのところでグッとこらえる。
自分より、そこで1人壁に寄りかかっている女の子の方が、ずうっとずうっと幸せそうだった。
衣服や化粧で自分の身のまわりを奇麗にし、ほんのり頬を染めた女の子は、
1人きりでいるはずなのに、うきうきと楽しそうに花壇の側に立っている。
きょろきょろまわりを見まわしている事から、彼女が待ち合わせをしている事が見て取れた。
きっとデートの約束なんだろうな、と思った。
約束をして、待ち合わせて、ちょっと遅れたりなんかして。
そこまで想像して、なんだか惨めな気持ちになった。
(デートしようなんて、あたし、言われてない)
いつのまにか俯いてしまっていた顔を上げると、チェスターがだいぶ遠くに見えた。
普通に歩いていたはずが、もうこんなに離れてしまっていた。
こんなに離れてしまったのに、まだこっちを振り向こうとしない。
そう思ったら、ぽろ、と一滴頬を伝った。
駄目だ、泣き始めたら、くずれてしまう。
もう1滴、それが次に続かないように、ぐいとグローブで乱暴にぬぐった。
手袋に染みた1滴にチェスターが気づいてくれればいいのに。
少し早足になってチェスターの後を追いかけた。
元のくらいの距離まで縮めたけれど、間が開いてしまったことも、早足で追いかけてきた事も、
今も一生懸命速度を合わせようとしている事も全然ちっとも気がついてはくれなかった。
また少しづつ二人の間が開いてきたところで、ようやくチェスターがこっちを向いた。

「おい。あんまり遅いと置いてくぞ」

そう言って、またプイと向こうを向いて歩いてゆく。
二人の間は、人が3人入れるくらいまでひらいている。
こうやって自分が一生懸命追いかけていなければ、
向こう側から歩く人が、間を縫って割ってくるくらいの距離だった。
そんな二人の距離を、割って入られないように追いかけたのに、
ようやく振り向いたチェスターから言われた言葉にあたしは
一生懸命追いかけていた足をのろのろと止めた。
二人の間がどんどん開いて、向かってくる人でそれが埋まる。
涙がぽろぽろと目から溢れて止められない。
ちょっと手が繋ぎたいだけなのに、ちょっと仲良く話したいだけなのに。
ちょっと二人きりになりたいだけなのに。
チェスターから、自分が見えなくなればいいと思った。
勝手に置いていけばいい。
はぐれたって困ればいい。
一生懸命になって、あたしの事、探せばいい。
よろよろともたれ掛かった壁づたいにしゃがみ込んで、泣いた。
暮れになってもチェスターはあたしを探しに来てはくれなかった。

 

 

気がついたら後ろに付いて来ていたアイツがいなくなっていた。
自分から「あたしも手伝う!」とかなんとか言ってついてきたくせに、
多分途中で買い出しに飽きたんだろう、
まったくあてにならないもんだと溜め息をついた。
といっても元々あてになどしていなかったので、特に困る事などなかったのだが。
きっと今ごろ箒にまたがり帰途についている頃だろう。
ミントの所で悠悠自適に茶でもすすって
「だって退屈なんだもん」
そんな台詞を吐くアイツが簡単に想像できた。
「あれ、チェスター?アーチェは一緒だったんじゃないのか?」
皆の所に帰った時に、ようやくそれが間違いだとわかった。
クレスのその問いかけに、いいや、と首を振る。
(あのバカ、どっかで道草くってやがる)
しょうがねぇなぁの一言、それ意外にくれてやる言葉が無かった。
「腹が減ったら帰ってくるだろ」
クレスにそれだけ言って、特には何も気にしなかった。
夜更けになってもアーチェは帰ってこなかった。

 

 

さっきまで、ギリギリ地面の端にしがみついていた夕日が落ちた。
日が照っているときはあんなに沢山人が居たのに、
今ではすっかりまばらになって、見えなかった地面ばかりがよく見えた。
隙間を縫って吹く風に身体が震える。
しゃがみ込んで、膝を抱えて小さくなっていても、風は腕と足の隙間を吹き抜けた。
気にしてなかったはずの寒さに膝がきしむ。
涙はすっかり乾いていたけれど、なんだか顔に張り付いているようで気持ち悪い。
袖は何度も涙をぬぐってヨレヨレだ。
おまけにさっきからお腹がキュウキュウと鳴り止まない。
けれど、なんとなく立ち上がる気にならなかった。
帰ればクレスやミントや、もちろんチェスターもいるだろう。
せめて、身なりや気分をいつものとおりに繕えるようにならないと
帰れるような気がしなかった。
何よりまだ、チェスターの顔を見たくなかった。
「チェスターのばぁか……」
ジャリッという音がして、伏せた視界につま先が入った。
紺色の、よく見知った靴の先。
「今、誰が、なんだって?」
顔を見たくないって言ってるのに。
あわてて顔を膝の中に埋め込もうとして、額をぐっと逆に押された。
まだ、顔もなんにも整えていないのに。
目の前には屈んであたしを覗き込むようにする、チェスターの顔がそこにあった。

 

 

訳わかんねぇなぁ、コイツ。
そう思いながら俺はピンク色の頭をしげしげと眺めていた。
さっき起こした顔がまた膝の上に埋められている。
もう一度顔を起こそうと額を押すが、てこでも顔を上げない気でいるらしい。
「何やってんだ、お前。いいかげんに帰るぞ」
ふるふるとピンクの髪が揺れて、イヤイヤをする。
てっきり買い出しに飽きて、何か面白そうな所に行ってるかと思いきや、
何もない道の端にアーチェの姿はあった。
しゃがんだ背中を壁にもたせかけながら、一向に立ちあがる様子はない。
「どうした?腹でも痛いのか?」
ふるふるとまた髪が揺れた、腹は痛くないらしい。
少しでも様子を見ようと髪に触れる、前髪がさらりと揺れて額が覗いた。
いやだ。そうとでも言うようにゆっくり首がふられる。
なんとなく、むっとした。俺の何がイヤなんだよ。
埋めた顔から、アーチェの少しくぐもった声が漏れた。
「アンタだけ先に帰ればいいじゃん」
なんでだよ。なんで俺が先に帰るんだよ。
お前がいつまで経っても帰ってこないから、わざわざこうして探しに来てるんだろうが。
マジで訳わかんねぇ。
「何ヘソ曲げてるか知らねぇけど立てるならとっとと立て」
ほら、とか細い腕を掴むと、ひんやりとした冷たさが手の平を伝った。
こいつ、いつからここにいるんだ?
そんな事を思いながら引き上げにかかるが、さっき同様に抵抗がみえた。
引っ張り上げる手に逆らうように、見たまま自分の体重を全て腕にかけてくる。
何がそんなにイヤなんだよ。
自分自身がだんだんイラついてくるのがわかる。乱暴にアーチェの腕を引き上げた。
小柄なアーチェの体重など持ち上げる事なんて造作もない事だった。
「わけわかんねぇワガママ言ってないで、とっとと帰るぞ」
掴み上げた腕をぽいと放り投げて、歩き出す。
遅くても、嫌でも付いて来るだろう、そう思っていると、
「……ワガママなんて言ってないもん!」
つんざくような声を出し、後ろでアーチェがこぶしを握り締めて立っていた。
口元は真一文字に結ばれ、目は元の色より濃く赤く染まっている。
うぅ……と何か小さく唸っているような声を出し、そうしてついには泣き出してしまった。
目から溢れるという例えが当てはまりそうなくらい、
涙がぽろぽろぽろぽろとこぼれ出す。
えっ、ちょっと待てよ、なんで泣くんだ。
どうして良いかわからずに、ただ向かい合って立ち尽くす。
俺、そんなヒドイ事喋ってないよな?
多少イラついたりはしてたけど、腕も泣くほど痛くは引っ張ってないよな?
無意識にまわりを見渡した、もちろんこういう時の助け舟は居ない。
辺りは日中に二人で来た時が嘘のように、人の通りが無くなっていた。
(泣き止ませ方なんて、小さい頃にアミィをあやしたのしかわかんねぇし)
どこへやったら良いか、行き場の無い手をさ迷わせていると、トン、と胸に額を押し付けられた。
自然と自分の背筋がぴんと伸びたのがわかった。
ますます、手の行き場がわからない。
ぐぅと硬い唾を飲み込んだ。
「一体……どうしたんだよ?」
アーチェは息が上手く吸えていないのか、時折しゃっくりのように空気を吸いこみながら、
なんとかのろのろと話し始める。
俺は、まとまりきらないその話をゆっくりと噛み砕く。

自然と行き場の無い手は胸にもたれ掛かるアーチェの頭を包み込み、
少し苦しいくらいに抱きしめたが、アーチェは嫌では無いようで
逆にこちらの腰に手が回ってきていた。
素直に言えばいいのにと言うと、憎たらしげに無言で腰を締め付けられた。
アーチェぐらいの締め上げなんて、力任せに抱き付かれてるのと変わらない。
にやけている顔を見られたくなくて、ぎゅうともう一度抱き込んだ。
耳元に口を近づけて「落ち着いたからもう帰るか?」とたずねると
さっきと同じように首を振う。
まだ帰りたくないらしい。
顔が緩む。
「ワガママ」と冗談めかして呟くと、
「素直になってるだけだもん」とまたぎゅうと締め付けられた。

 

 

 

 


あとがき(反転)

霧夕です。
11111hitキリリクですが、こちらは一之瀬 姫樹様に。
特にキリリク内容などは無かったのですが、
以前の交流の際の趣向とかで、喜んでもらえそうなのにしようと
勝手にチェスアーにしてみたんですがいかがでしたでしょうか?
アーチェが非常に乙女ですが、
チェスターよろしくちょこっとでもニヤッとしていただけれたなら嬉しいです。
このような感じになりましたが、こちらは11111hitを踏まれました一之瀬 姫樹様へ。
遅くなりましたがもしよろしければお納め下さいv

こちらは一之瀬 姫樹様以外の方は持ち出し禁止となっておりますので
ご了承下さいませ。

それではここまでお付き合いくださった方々へ
どうもありがとうございましたv

(2009/2/1up)

背景はLOSTPIA様よりお借りしています