暗い暗い明ける事の無い闇の中、ホロの役目を果たすべく張られた馬の毛並みにも似た粗末な布…そこから見える景色は一つ、二つ、こんもりとした人型の毛布の山に遮られ…まるで太陽を見上げた時に細めるくらいの視界の狭さ。
見下ろせば隣に微かな光に反射したその見事なまでの金色が床から少し動いただけだというのに優美な音色をたててサラサラとこぼれ落ちていく。
伏せられて今は開く気配の無い大きな硝子玉のような瞳は今は何を映しているのか…口元には仄かな笑みが浮かぶ。
対照的に反対側は、いつも片手に携えている大きな厚い何かの書物…多分彼ならば魔術に関係したものと見て間違い無い、それを今はその腕の中ではなく頭の下に敷いて少し大きめの寝息を立てている。
すこし詰まったような寝息。
そんななか確実に詰まっている寝息も 有る。
ぴすぴすと本人からしたらそんなではないと否定されそうだが、なんだか当の本人の人格を汲み取ったかのような愉快な音の寝息が負けじと音を立てていた。
いや…その音の原因はきっと詰まりかけの鼻のせいだろうからしてここは寝息に対抗した鼻息といっても良いのかもしれない。
彼らの夢の世界を壊さぬように…と、のそりと厚めの毛布から這い出した。
冬眠から覚めたばかりの熊にも似たゆったりとした動作だった。
ただ目だけはしっかりと闇を捉えている、なにも見えないと人が言おうとも彼女には見えた。
闇を更に濃くした闇の中、伺うように光る眼球も、掠れる木の葉の音に潜んだ悪意にも。
もりあがった毛布から生える腕や足の隙間を爪先立ちで縫って歩んでいく。
外では夜の番が灯している炎がゆらめき…あたりに視線を走らせている事だろう…。
光の一番当たる出口ではそれでもやはり何かが心配なのかパーティ内随一の切り込み隊長が光を背に剣を抱くような格好で眠っていた。
死んだように眠るといった表現がピッタリだと思った。
日々敵に遭遇してはいち早く間合いを詰めて斬りかかる。
装備も鎧といった類ではなくローブのような軽装の後衛陣を守る為や、呪文の詠唱をなるべく邪魔されないようになどの為でもあった。
高レベルな術になればなるほどそれらの詠唱の為の時間は長くなった…そして彼はその時間稼ぎの役目も負っていた。
このパーティのいわばアキレス腱。
戦闘の要は疲れ果てていたのだろう…。
そんな訳はないのだが、見ているとなんとなく睡眠という綿毛の中に沈みこんで息をすることすら忘れているようにも見えた。
暗闇の町アーリィに辿り着くにはまだ後少し…木綿の優しい香りのシーツはきっとここでは日の香りは持ち合わせないだろう。
洗いさらした白いシーツをなびかせる風はあっても、晴れ渡る青空も、照りつける日差しも無いのだから。
それならせめて、としっかりと手のうちに握り締められた責任感という名の重たい柄から一本一本指を解いていく…。
「大丈夫です。私も起きていますから。安心して休んでください。」
そっと囁くように話し掛ける…全部の指を解き終わる頃には彼は夢へと旅立って安らかな寝息を規則正しく立て始めた。

「ん?どした、すずちゃん。眠れないのか?」
生き物の匂いにも似たホロの香りをくぐると、そこでは枯れ枝を集めておこされた炎が闇にぽっかり浮かんでいた。
吐く息は外気の寒さ故に白く濁り風に流されて消えて行く。
「いえ…眠れない訳ではありません…。」
常に闇が光の訪れる事を阻むこの土地ではいつまでが夜でいつまでが朝なのかの見分けがし難しい。
その為ここでは常に誰もが時計を所持していたり、大きな広間にはそれが中央に掛けられていて誰でも確認出来るようになっていた。
この土地で朝が来なくとも、違う大陸では朝はやって来ているのだから。
日の光が1日の始まりを知らさなくても時計の針が1日を取り仕切る。
だからこそ各自各々時間に取り残されないように自分の時計を持ち歩く。
しかし彼女はその為の物など必要とはしなかった…『体内時計』と言った類の物だ。
だが今は目覚めの時間ではない…彼女の時計も彼が腰に下げている懐中時計も時間を正確に刻んでいた。
指針は深夜の三時を越したところ。
「あの…私が番を替わりますから、チェスターさんも睡眠を取ってください。」
守られてばかりだった。
確かに戦闘ではそんな事は目立っては無い。
そう言った事ではなく食事の時、買い物の時、…細かな動作の中にも気を使われて守られていた。
そしてそれは野営の時もそうだった。
まだ戦闘力の問題ならば納得出来るのだろうに、それはハッキリとそうではなかった。
「いや、いいって。今晩の残りは俺の当番ってことになってるし。すずちゃんはまだ小さいんだから…ちゃんと睡眠を取らないと大きくなれないぜ?」
思った通りの答えが返ってきて、皮肉にも少し悲しくなってくる…。
ここで自分の背が伸びようと伸びまいとそんな事はどうでも良かった。
今大切なのはそんな事ではないだろうに…気遣われる為について行きたいと言った訳では無いのだから。
「では私も一緒に番をします。それならば許してくださいますか?」
ふう。というため息が聞こえ、さっきから炎をつつくように弄んでいた長い木の枝が炎の中に放り込まれた。
それはまだ生だったのかパチンという弾けた音を立てて崩れていく。
「どうせ寝てろって言っても眠る気は無いんだろ?」
仕方ないな、とでもいうふうに細められた優しげな目…。
さっきまで握っていた、あの今は影となって崩れいく枝を掴んでいた手がポンポンと彼女の所在を決めるように地面に転がる木の幹を叩く。
そこは彼が座っているその隣…ちょこんと定められたように座りこむ。
「すみません。…あの、本当に私が番をしていますから眠ってくださって構いませんよ?」
「いや…いいって。すずちゃんも起きてたくて起きてるんだろ?俺もちょうどそんな所って事で、すずちゃんの番に付き合うさ。」
「…すみません。」
そう呟くと彼女の栗色の髪がくしゃりと音を立てる、彼のその大きな手が羽根のように振ってきて彼女の頭を撫でていた。
「別に謝るところじゃねぇだろ?俺は起きてたくて起きてるんだからよ…。あ、そうだ、ちょっと寒いだろ?残りもんで良かったら温めるけど飲むか?」
パチパチと燃える火の光に当てられて幼さが残る丸みを帯びた両頬が心なしか軽く火照り始めていた。
彼女がわずかにコクンと頷いたのを見届けてチェスターは側に置いてあった銅のポットを火にかける。
炎の光が銅版の表面に反射して、金色に少しオレンジがかった色が反射していた。
その向こうではそのポットの底をかき混ぜるように細い棒がからからと小さな音を立てている。
きれいだと思った…視界に入る何もかもが。
そして同時に目に何かが目にしみているようだとも感じた。
それは…もしかしたら炎からわずかに立ち上る煙だったのか…それとも煙とは違う『何か』だったのかもしれない。
「ほら、熱いぜ?気をつけろよ?」
そう言って二つ持っている携帯用のカップのうち一つをすっと差し出される。
銀色の沢山の細かな傷がついたそれは磨り硝子にも似て、あのポットの幾分かも光を反射しようとはしない。
ふぅふぅと温められたその飲み物を自分の適温まで軽く冷ます…。
それでも熱いのを心配してかズズズ…と音を立てて冷たい空気と一緒に口に含んだ。
ほどよく温められたそれは一直線に喉を通り温かみはちょうど体の中心で止まる…人肌で温もった毛布から這い出した体は自分が思ったよりも冷えてきていたらしく、少し熱めのカップの中身…その温度がなんだかとっても心地がよかった。
「…甘いですね。」
「ん…?…うわ…なんだこれ?甘過ぎだろ。あぁでも…まぁ大体作った奴の想像はつくか…。」
もう一口、冷めた体にそれを含む…チェスターはそれを甘過ぎと言ったが甘党の彼女からしたらそこまで強くは感じなかった。
たしかに…口の中に広がるミルクの味に混じって少しカカオの味が強いとは感じたけれど、それはそれで一つの個性として受け入れられるくらいのものだった。
「そうですね…。先程は鼻を鳴らせてお休みでしたよ。」
今も耳を澄ませれば焚き火の音に混じってあのピスピスという愉快な音が聞こえてくるような気がした。
「鼻?ああ、風邪気味だとかなんとかっつったな…。まぁアイツが風邪ひくなんて有り得ないけどな。」
「?…頑丈という意味でしょうか?」
「いや…昔から良く言うだろ?なんとかは風邪をひかないって。」
二人の目の前で勢いよく燃える炎が、一層その勢いを増してチェスターの顔に光を当てる…。
そのゆらめいた炎のせいか、その彼の端正な顔が少しだけ…、ほんの…わずかだけ歪んで見えた。
「…そうでしょうか?…ですが、アーチェさんは色々な事に関心を持たれますよ。」
空がなぜ青いのか?…なぜ雨というものが降り注ぐのか?彼女が知識としてそういうものだと与えられた事を、彼女は自然に『なぜ?』と疑問から欲して導き出そうとする。
皆が自然と『そういうものだ』と思うことをなんでだろうと不思議に思う。
それは違う人から見ればただの変わり者だと思われるだけなのかもしれない…だが他者との違う発想はそれを聞く者の思考に一陣の風を吹かせていく…。
それこそ人によりけりだが。
違う ということはただそれだけで…特殊で、魅力で、強みに思えた。
「あぁ…いつもの何で〜ってヤツか…。アイツあんな事しょっちゅう考えてんのかな?」
「さあ?ですが変わった着眼点をお持ちですが、いつも途中で話を切ってしまわれます。色々な事に関心を持てても肝心なところで理解しない事には折角の着眼点がちっとも為にならないと思います。」
「ははっ!…たしかに!!なんだか難しい話になるとすぐ話しをどっかにやっちまうもんな。」
「でも…何にでも興味が持てるのは素晴らしい事です。私にはそういった事は…。ですから、とても…羨ましいです…。」
自然と頭は地面に向かい…視線は燃える木の更に下…。
今度は頭にポンポンと、大きな手の平が思いがけず降ってくる…。
「何言ってんだよ。すずちゃんにはすずちゃんのいいところがあるぜ?」
「…そうでしょうか?」
「ああ、そうさ。俺が保証する。ほら、早く飲まないとソイツが冷めちまうぜ?」
「…あ、…はい。そう…、そうですね…?」
彼が甘過ぎるというほど甘い…その飲み物…。
アーチェが作った残り物のホットチョコ…。
少しだけ冷めたその甘い液体は、口に含むと少しだけ、さっきと変わって…なんだか塩の味がした。
ふと、なんとなく…、そんな…気がした…。



あとがき
はい、毎度の事ながら霧夕です!
1234hitキリリクで『チェスターとすずがアーチェの事を話すお話』ということで書かせていただきましたがいかがでしたでしょうか?
いや、話すネタは簡単に想像できそうだったので特に困りはしなかったのですが、悩んだのは実はアーチェの何について語らせようかと言うところ…。
選択肢が多いのでなんて贅沢な迷いだなんて思いつつ(笑)
そして夏の暑さに嫌気が差して涼を求めて雪の舞い散るアーリィのお話を…。
暑い中書く寒い話はとてつも難しかったです。要精進!!
お部屋の温度をグッと下げれば気分くらいは近くなるかも?!
個人的に好きなのはかなり始めの皆の寝ているシーンだったりします。
指を解いていく所ですよ。うん。

こんな感じになりましたが、こちらは1234hitを踏まれましたコンブ様へ!
そんなにアーチェの話満開でないかもしれないかもといったところでハラハラしますが、喜んでくだされば幸いです。
え〜、こちらは
コンブ様以外の方は持ち出し禁止となっておりますのでご了承下さいませ。

それではここまで読んでくださった方
どうもありがとうございましたv
(2004・8・12UP)