初めて来た町 行き交う人々 キラキラ光るアクセサリー
なんだか『初めて』が目に眩しくて、はたと気がつけば一人ぼっち。
人ごみの中一人ぼっち。
もう子供じゃないんだから、泣いて困ったりはしないけど。
とにかく
「またやっちゃったよ。」
きっとまた皆してあたしの事探してるんだろうな。
ついこの間叱られたばかりなのに。
ふらふらと勝手にどこかに行くんじゃない…ってね?
でも今回はふらふらしてた訳じゃないし。
ホラ、ちょっと気を抜いたら置いてかれちゃったんだよ。
…って、ダメか。
あんまし変わらない。
「ま、宿屋をしらみつぶしに探せばそのうち見つかるよね?…と…え?」
違和感を感じて視線を下ろすと、その足元には黒い…、何?
しゃがみ込んで覗きこむあたしを深い緑の硝子玉が覗きこむ。
埃や泥で毛並みに妙な癖がついて、マットな光りが反射する。
まあ…ようは汚れてるって話なんだけど。
手の平に収まっちゃいそうなほど小さいコイツは、外見どうりの声の大きさで小さく ミィ と鳴き、しきりにあたしに体をこすりつける。
「うわ〜…カワイイなぁ〜。」
耳の後ろをこすってやると気持ちよさそうに目を細め、喉元をなでてやるとゴロゴロ鳴いて喜んだ。
首輪も何にもついていない…多分きっと野良なんだろう。
でもそのあまりにもな小ささは、きっとまだ親猫を必要としているはずなのに。
あたりには何も…溢れかえる人以外には影も、何もいない…。
「…もしかしてあんたもあたしと同じ、迷子…?」
こんな小さいのにこんな所で一人になっちゃったの?
だから自分と同じ迷子を見つけて嬉しくなって、つい擦り寄ってきちゃったの?
…なんてね。
こんな子猫が今まで一人で生きてきたわけないに決まってる…多分そのへんにお母さんでもいるんだろう。
それにホラ…野良猫は警戒心が強いって言うし…ま、生活している土地によりけりだけど。
「ほら、こんな所に出てきちゃ危ないよ?」
と、この小さな額を撫であげる。
なるべく人の通りらない物陰にちょこんと座らせるとあたしは子猫にバイバイをする。
「んじゃあ、あたしはもう行くからね。」

そう言って数歩歩いた先、足に絡まる黒の猫。
「ンもう、付いて来ちゃ駄目だってば。」
ひょいともとの場所に持ち上げ、今度は小走りでその場を離れる。
振り向くと後ろからは、置いていかれた寂しさで大泣きをする子猫が必死に後を追いかけてきていた…通りを渡る人の足に蹴飛ばされそうになるんじゃないかとこちらをヒヤヒヤさせながら。
「う〜ん…困ったなぁ…。ねぇ、もしかしなくともお前って本当にひとりきり?」
プランと両手で抱き上げられた子猫は否定とも肯定ともつかぬ返事でニィと鳴く。
「ん〜。…じゃあ…あたしと…。 …一緒に来る?」
心なしか深緑の瞳を輝かせ ニア と大きく返事をした。

「お前一体どこほっつき歩いてんだよ!」
他の方に迷惑なのではと思えるほどの怒気を含ませた声がロビーに大きく響き、空気を震わせる。
「誰もほっつき歩いてなんかないわよ!ちょっと目を離したら見失っちゃったってだけじゃない!!」
「それがほっつき歩いてるって言ってんだよ!バカ!」
ギャイギャイと言い合う二人の片隅、いつもの事だと呆れ顔…。
その中の一人白いロングスカートの彼女は、ピンクの髪の少女の胸元から落ちる黒い塊を見落とさない。
「きゃ!」
あちらに見える喧騒から逃げ出したソレは足元のスカートの中に隠れこみ、じっと行く末を眺めている。
つまんで持ち上げた白いスカート、目が合ったのは深緑の瞳。
「あ…。」
小さな声でニアと鳴いたのを、切れ長の目は逃さない。
「あぁ!!お前こんなの連れてきてどうすんだよ!」
「こんなんとは何よ!こんなんとは!」
「だってそうじゃねぇか!俺たちは一つのところに留まってる訳に行かないんだぜ?!こんなの連れて旅なんて出来る訳ねえじゃねぇか。」
ぐっと喉を詰まらせたのがこちらから見てもはっきりわかる。
「誰もこれからずっと連れて歩きたいなんて言ってる訳じゃないじゃない!お母さんが見つかるまでのちょっとの間預かろうってだけよ!」
一気にまくし立てたその口から、また一呼吸置いて言葉が出る。
「…ほら、その…だって、こんな子猫一人でほかっておいたら生きていけないじゃん…、…。」
喧嘩の勝敗は目に見えていた、だけれども思う…この子猫を一人にするということが一体何を意味するのか、を。
「まあまあ、お二人とも。まだこの町にはしばらく留まる事ですし、その間に親猫や飼ってくださる方を探せばいいじゃないですか。」
時間はまだまだあるのだから…にっこりと笑って持ち上げた子猫、相槌のように一つ鳴いた。

「ミント、さっきはありがとね…。」
他に人のいない客室、彼女達だけの部屋、白の法術衣の上できょろきょろと落ち着かなさげに視線を走らせる深緑の硝子玉。
「いいえ、いいんですよ。アーチェさんの言った通りこの子を一人にして行けませんものね?」
ひょいと持ち上げた子猫のお腹は母猫からごはんを貰ってもうだいぶ経つのであろう、大体一般的に膨らんでいるはずのお腹がこうして見るとなんとも薄い。
「あ、そうだ…あたし下からミルク持ってくる。…ミルク…あげてもいいんだよね?」
ドアの向こうに消えていく声、負けないように声をあげる。
「ええ、まだ小さいですし離乳食にも少し早いと思いますよ?ところでこの子の名前は決めてあるんですか?いつまでも『この子』や『猫ちゃん』…と言うのもなんだか…。」
ひょっとドアから顔を覗かせたピンクの頭、にっと笑ってこう言った。
「クロにしようと思うの!」
「黒…だから…?」
「うんそう!黒だから!!」
もうそんな事何でもいいからはやくごはん!クロと名づけられた黒の子猫が抗議した。

「それにしても…お前ってきったないよねぇ。」
汚いといわれた事が理解できたのか、口の周りを白いミルクですっかり汚したクロは、情けなさそうに一つ鳴く。
クロの体を覆うその短い毛は、今まで外で生活してきたために雨に塗れ、埃を巻き上げ走り抜け、通りに出てはきっと泥をかぶって来たのだろう…所々、まるでジェルでくせつけしたかのように変な場所で変に固まっていて…変だった。
「あ、ご〜めんごめん。別に不細工って言ってるわけじゃないんだってば。」
そういうと今度は頭を垂れて押し黙る。
背中は『ふんだ、好きでなった訳じゃないやい…』とでも言いたげに。
「ふむ…きれいにすれば美人なんだろうにね…、…よし!そうしよう!うん決定、決定〜!」
じろじろと自分を舐めまわすように眺めていた真紅の瞳に、なにが決定したのやら…すっかりごはんを平らげ、毛繕いをしている軽い体をひょいと持ち上げられ宙ぶらりんになった子猫はあっという間にロビーを通り、まだ時間帯にはだいぶ早い、清掃中の浴場へと監禁される。
「ふっふっふ…す〜ぐ済むからねぇ〜…?」
にこりと笑ったはずの表情は形を大きく歪めて深緑の硝子玉に写り、その背筋を大いに反りあがらせた。

「こらぁ!ちょっと待ちなさーい!あっ痛ッ!!」
扉の向こうはきっと戦場に間違いないタオルを持ったクレスは妙な確信を持っていた。
ガラガラ!ぼちゃっ!ガタン!…とさっきから立て続けに鳴り響く何かを倒す音…。
基本的にこういうものは倒す役が目に見えて決まっているものなのだが、相手が相手なだけにこれは何とも言い難い。
「お〜い、アーチェ?大丈夫かい?」
扉ごしにピンクの頭が返答をする。
「あ!開けちゃだめだよクレス!」
うん、たしかに修羅場だ。
なんだか深く納得し、こくりこくりと頷いた。
多分今ここを開けば泡だらけになった黒い固まりがこれは好機と大脱出をはかるだろう。
それがまた洗い直される原因ともわからずに。
「うん、わかってる、開けないよ。逃げられたら大騒動だしね?」
ははっと軽く笑って側に子猫の小さなタオルとアーチェの大きなタオルを置いておく。
一体いつになったら終わるだろう…子猫の災難は、まだ少し先…終わる気配すら見えなかった。

私がその場に通りかかるとクロと名付けられたその猫はしきりにその体を舐めて乾かし、アーチェはアーチェで引っ掛っかれて体中についた傷に一つ一つ薬をつけては…きっと染みているのだろう…大騒ぎをしている所だった。
「なんだ?洗ってやったのか?」
ふうふうと傷薬を乾かしていたのを止めくるり振り向いたアーチェの顔には腕よりかは少ないがそれなりな数の引っ掻き傷がついていた。
「ん、そりゃもう大騒動!こいつの暴れること暴れること。おかげでほら!体中傷だらけ!」
むしろ幾分か誇らしげにさえ見える顔で腕の外と内側についた細かい傷跡をあらわにさせる。
子猫の爪とは細く鋭く尖っているくせに、当の本人はまだ幼く力加減を知らないのが困ったものだ。
「まぁバイキンが入って膿んでしまわないように、しっかり薬をつけておくんだな。…だがしかしこうやって見るとまさに魔女という感じがするな…。」
別に大したことを言ったわけではないのに深紅と深緑の瞳は同時に何かよくわからないといった感じに視線で射ぬき私の言葉を促してくる。
「いや。こう二人並んでいると魔術を使えるアーチェと黒猫だろう?まるでよくある魔女と黒猫みたいだなぁと思ったんだよ…。」
ふむ、なるほどそう一つ呟いたかと思うとウチの魔女と黒猫はバチッと互いに目を合わせて首を傾げた。

「何をやっていらっしゃるのですか?」
さっきからアーチェさんは道具袋をごそごそと探っては、あれも違うこれも違うと言ってポイポイと部屋を物の海にしていらっしゃいました。
多分今部屋に入ってきた人がいれば、多少なりともビックリするだろうという事は目に見えているといってもいいかも知れません。
それほどの部屋の荒れようなのです。
「んっとねえ…あ!あった!!」
道具袋からようやく顔を出したアーチェさんは、さも息苦しかったと言わんばかりに ぷう と息を吐きました。
「えっへっへ〜。これよコ〜レっ!」
目の前ではためいている布…そのピンク色の華奢な布は微かにはためき上品な光沢を見せていますが…いまさら防御力の低いリボンで何をしようというのでしょう…。
「リボン…ですか?」
私も普段からリボンをつけているのですが、それよりも目の前の物の方がだいぶ細く少し頼りないくらいに思えました。
「もう、なかなかいい太さのものが無くってさあ…。ちょっと見ててね…っと、ホラ!!」
そう言うとアーチェさんはさっきから窓辺でまどろんでいるクロさんを自分の膝に無理やり連れてくると少しゆるめにそのリボンを結びました。
「うわぁ…か、カワイイです!」
「だっしょ〜?あ、じゃあこれであたしとすずちゃんと、三人でお揃いだね?」
「お揃い…。…お揃いですか…。」
えへへ、小さな笑い声が響いていました。
幸せな毎日でした。
連れて行けないのはわかってはいましたが、それでも私達は個々にこの子猫を愛していました。
別れが来るのを知りながらも…。

 

クロは、ここに来た時からずっと窓際が大好きだった。
天気の良い日はガラスごしに陽なたぼっこをし、天気の悪い日は雨音をきいては歌を歌ってくれた。
でもいつからか、陽なたぼっこも雨に歌うことをしなくなり…ただひたすら外をじっと眺めていることが多くなった。
カリカリと引っ掻く窓のガラス、それを止めようとしたあたしにクロじゃない猫の声が響く。
覗いてみれば、窓の外には黒い猫。
クロをそのまま大きくしたかのようなその姿が一定の距離を置いて座っている。
「そっか…そうだよね。お母さんと一緒が一番だもんね。」
長いこと引き止めちゃってたんだよね?
ずっとお母さんに会いたかっただろうに…。
ごめんね、無理矢理付き合わせちゃったんだろうね…。
一人で気持ちが通じてる気になって、お前の本当の声…わかってあげられなかった…。
「おいで…。」
窓際から小さな体を抱き上げ、玄関を1歩踏み出でる…そしてその狭いおでこにさよならのキス。
首に結んだピンクのリボンをしゅるりとほどく。
これでアンタを縛るもの…縛っていたものは何も無い…。
「ほら。早くお母さんのとこに帰んなよ。」
しゃがんだあたしの腕からトッと抜け落ちた…黒い可愛い小さな子猫、はじめはホコリまるけだったその艶やかな毛…はじめからその輝きが褪せる事のなかった深い緑の瞳…容赦なく傷跡を作ってくれた白い細く小さな爪…。
(バイバイ…。)
そう思っているのに必死で抱きしめたい気持ちを押さえているのに、小さな子猫は離れない…。
「ほら…!!あんたなんて早くお母さんのトコに行きなさいよ!」
軽くお尻をぺチンとはたくとクロはようやく駆けて行く…自分の本来いるはずだった居場所に、暖かい母親の温もりに。
その黒い二つの影が見えなくなるまではあたしは嘘を吐き続けよう。
ずっとずっと…見えなくなるまで…。
絶対…泣かない…。

「ぁんだ…こんな所で何してるんだ?」
しゃがんで膝を抱えこむあたしに後ろから声が聞こえてきた…。
泣き顔なんて見られたくないのに…なんでいっつもタイミング悪いんだろう…。
「クロね…お母さんのところに帰っちゃった…。」
すこしの沈黙の後フッと息を吐く音が聞こえてきて「そうか…。」とあいつの声が聞こえる。
「良かったじゃねぇか。」
「うん…。」
少し…ううん、だいぶ悲しいけどこれで多分良かったんだろう、…わかってはいるのに無性に寂しい…でも…。
「良かったん…だよね?」
「ああ…。」
「大丈夫、あいつは幸せだったさ…。お前と一緒のときも、な。」
「う…ん、そうかな?そうだといいな。」

それじゃね、

バイバイ…クロ…

 

 


あとがき
どうも、霧夕ですお題物no.17リボンいかがでしたでしょうか?
こっそりタイトル「クロ」にしようかどうしようか悩んだんですけど…どちらでも。
これは「次何書こうかなぁ…。」と、半ば溶けていた私に友達から「じゃあ猫で!」
の一言から出来たお話です。
なんだか少し物悲しい感じに挑戦!と思ったら自分で悲しい気持ちに巻かれて時間がかかってしまいました。
さらにたまにはメンバー全員入れるぞ!と頑張ったらこんな感じに…(汗)
人がいっぱいだと難しいです…。

では、このような文読んで頂きありがとうございました!
(2004・7・4UP)