俺は生まれてこのかたエルフって奴もハーフエルフって奴も知らなかった。
だからハーフエルフって種族の事もイマイチ良く知らなくて。
でも最近ちょっとだけわかった気がするんだが…そう、どうやらハーフエルフ(というかアーチェ)の魔力には波があるらしいと言う事だ。
アイツのあの真紅の瞳なんだが、どうも雨の日にはその赤みが増しているような気がして仕方ない。
それが魔力の変動じゃないか…とまあ推測の域をこえていないから誰にもこんな事は言ってはいないのだけれども…。

「アーチェさん遅いですねぇ…。」
窓の側ではミントがため息をついてしきりに外を覗いている。
外は今が雨季という事もあり、景色が白く霞んでしまいそうなほどの豪雨となっていた。
ついさっきまではまだパラパラとしか降ってなかったのに…。
しかしこれは良くある事なのだが、雨が降りそうになっているときに限ってアーチェは外に出て、ズブ濡れになって帰って来た。
「だいじょぶ、だいじょぶ!パパッと行って来るからさ。」
そう言っては大体雨が降るほうが先を越していた。
「あぁ…、ま、大丈夫なんじゃねぇの?今日は豪雨になりそうだからってちゃんと傘を持ってくように言ったんだろ?」
アーチェがこの部屋を出て行ったのはもう結構前の事。
少しばかり食材が足らないとかでミントからお使いの役を自分で買って出かけて行った。
「えぇ、まあそうなんですけど…もしかしたら買出しの荷物が多くて帰って来れないなんて事は…。」
「ははっ、ないない!そんなたいした量じゃないんだろ?まぁあるとしたら寄り道に夢中にでもなってんじゃね?」
「えぇ、それならいいんですが…。」
心配そうにそう呟いて、ミントはなおも窓の外を覗いている。
確かに少し遅いなとは思っていた、だがアイツの性格上とりわけ心配は無意味なものとなった事多数だった。
「ちょっと俺その辺を見てくるわ。」
だから心配でって訳じゃない…。
自分の分の傘を一本掴んで湿気を含んで重たくなったドアを押す。
「お願いします。」
そう言ったミントに軽く返事をしてぬかるんだ道に一歩踏み出した。

外はやっぱり思った通り、というかそれ以上だったというべきか、雨粒が傘の帆布を勢い良く音を立てて叩いてくる。
そんな中、まずは買出しに行った最有力地の食材屋を探すもそこにアーチェの姿は無く、とうの昔に食材を紙袋一杯買いこんで出て行ったと店主は言う。
雨のせいかそんなに大きくないこの街がいつもよりいくらか拡大したのではないかと思えげんなり嫌な気分になる。
食材屋に道具屋…次に武器、防具屋と、狭い街中を一通り。
それでもあいつは見つからない。
一応そんなとこに行くはず無いとも思える教会にまで顔を出したが、神父の答えも思った通り、やはりNOだった…。
一体どこに行ったのだろう 、…あのバカは。
ふう…とため息をつき遠くの街より少し離れた木々を眺める。
ここからでもはっきりと枝振りがわかるほどの大きさの樹が一本。
花の季節か実の季節か、巨木には一点、気の早い朱色がとんでいる…。
木の根元には幹と同色の紙袋…?
では花でも実でもない…あの朱色の正体は…。
みつけた。
「あんのバカ!あんな所にいやがった!!」

頭の中は、なかなか帰ってこないアーチェへの文句の言葉をあれやこれやと思い巡らせていた。
こんな天気の日に何所ほっつき歩いているんだとも言ってやろうかと思った。
お前がなかなか帰ってこないから皆心配してんじゃねぇか…なにこんなとこで油売ってやがんだ、とも。
なのに近づくほどにその言葉は消えていく。
てっきり樹の傘の下、いつもの感じでのんびり何か遊んでいるのだろうと思ったのに、樹の枝に腰掛けているアーチェはずぶ濡れで、むしろ自分から大粒の雨を迎え入れているように見えた。
いつもの真紅の瞳は俺の事なんか見えていないようで、いつもは宿っている瞳の中の光は、もうだいぶ薄れなんだか別人のように曇っている…。
「…。…おい、アーチェ?」
少しためらって発した言葉にビクリと体を震わせたのが見て取れる。
「んなとこで一体なにやってんだ?」
「な…なんでもない!!ちょっ…こっち来ないでよ!!」
こいつのそんな声なんかちっとも気にかけないで、起用に傘を片手にスルスルと枝を登る。
「悪ィ。もうついた。」
「!!」
ぷいと背中を向けるアーチェ。
一体いつからこうしているのだろう、降り注ぐ雨は彼女の頭から足の先までぐっしょり濡らし衣服は肌に張り付いている…。
何やってんだ、ほんとにいくらお前がバカだからって限度ってもんがあるじゃねえか、と…そういって差し出した傘は「構わないでよ!」の一言で押し返される。
人が親切でしてやってんのにひどい言いぐさに思わず腹を立てる。
「んな事言ってお前ずぶぬれじゃねえかよ!!って…お前…。…、泣いてんのか?」
さっきまで雨に打たれていた頭上に傘を無理やりさしてやると、雨の通った跡だと思っていた道にもうかからない水滴が伝う。
アーチェは自分の手の甲で口を押さえさっきから黙ってじっと地面を見据えている。
伝うその水滴はやっぱりこいつの瞳から、ただただ静かに流れ落ちるだけ…声もあげずに、表情も変えずにぽろぽろぽろりと伝うばかり。
あんまり泣き顔ってヤツを見られるのを好んでいる奴はそういない、そう思って同じく地面に目を落としていると、明らかに涙声が隣から響く。
「泣いてなんかない…。」
「泣いてなんかないに決まってんじゃん…。」
そのとき俺はようやく自分の間違いに気がついた。
魔力の変動なんかじゃない…。
あの時…いや、こうやって雨に降られて帰ってくるときはいつも、コイツはこうやって独り静かに泣いていたに違いない…。
…泣きはらして真っ赤になった瞳…真紅の瞳に赤みが差す理由…それになかなか気がついてやれなかった。
ずっとそうだったこいつが、なおも言い張るその姿が痛々しくて…そして…泣きはらした後も、皆の前では普段通りを無理やり演じる…。
そんな姿を思うと俺の胸はきしみ…でもどうしていいのかわからない。
「ウソつくなよ…。」
「ウソなんかついてない!!」
ひときわ大きな涙が俺の目の前でポロリ、落ちた。

泣いてなんかいない 悲しくなんかない だってアタシは贅沢者だから
会えないだけで お母さんだって生きている お父さんだって健在だ
だからもう会えない人のことを思って 寂しいなんて言葉聞かれないように
だって 寂しいのはアタシだけじゃない
皆が 皆のほうが きっと…
だからアタシだけ悲しいだなんて 言うわけにいかない…
『アーチェはいつも楽しそうだな』って 皆言うから そうだと思うから だからアタシはいつも元気にしてなくちゃ
泣いてるアタシはアタシじゃない でも でもどうしても悲しいから ここでこうしていたっていうのに
何で見つかっちゃうんだろう 何でかまってくるんだろう なんでそんな言葉をくれるんだろう

「…いいじゃねえかよ。一人くらい目の前で泣いても大丈夫な奴がいてもよ。」
その言葉をきっかけにあたしの中のダムが一気に決壊した、さっきまでつたっていた涙がまた次々次々湧き上がってくる。
「お…おいなんで泣くんだよ!ちょ…俺…な、泣くなよ。」
「なによ…。一人くらい目の前で泣いたって…。いいって言ったじゃん。…大体泣けだの泣くなだの…どっちなのか訳わかんないわよ!」
悲しくないのに、寂しくないのに目からは涙が零れ落ちる…。
ああ、そうか…アタシ、今、とっても嬉しいんだ…そう思ったらなんだか喉の奥から笑いがこみ上げてきてクスクスと笑い出す。
「…なんだよ、泣いたり笑ったり忙しい奴だな…。」
いつものこいつの飽きれた感じの声が響いて、あたしの肩がアイツの腕に巻かれグイと引かれた…。
アタシの額にコイツの…チェスターの厚い胸板が押し付けられる…。
ピンクの髪からはさっきからずっと水がしたたっていて、乾いた衣服にどんどん水は染み込んでいってしまう。
「チェスタ…アタシ、今ずぶ濡れだよ?」
ねぇ…アンタまで濡れちゃうよ?そう言いかけて、肩に回された腕にさらにギュッと引き寄せられる。
胸を貸してくれてるつもりなんだろう…そのあまりにもな不器用さにまた笑いがこみ上げる。
(ホント…不器用だよね。)
見えないように小さく笑う…さっきまではすごくすっごく寒かったのに、ううん、今だってさっきとそんなに変わらないくらい濡れてるし、雨だってさっきよりも激しさを増しているみたい…でも不思議…全然寒くない。
押し付けられた胸からはチェスターの心音が小さく聞こえてきて、アタシの冷たくなっていた心臓もその音に合わせて少しずつトクントクンと息を吹き返しているみたい…。
暖かい音の中…不思議とここが心地良い…。
ねぇ…何でだろうね…全然寒くないよ…チェスター…。

滝のように伝っていた涙ももうだいぶ乾いた頃。
クシュ!!
思わずくしゃみを漏らしたアタシにチェスターは小さく笑う顔を向け、ようやく腕を解かれる。
「さって、そろそろ帰るか。」
スタンと枝からチェスターは降り、そだね、とアタシもそれに続く。
「お前傘は?」
「え?持ってない。」
「ハァ?散々ミントに傘持ってくように釘刺されたんだろうが。」
だって…帰りはずぶ濡れで帰るつもりだったんだもん、最初からそう思ってたんだもん、頭の中で反論を唱えていると隣からズイと傘を差し出される。
「しょうがねぇなぁ…ほら、入れよ。」
きょとんとして差し出された傘とそれを持つチェスターを交互に見やる。
つまり…傘のこっち側にはアタシ…そっち側にはコイツ…、別にそんなたいしたことじゃないはずなのに、さっきの事が思い出されて…恥ずかしくて、口が勝手に言葉を紡ぐ。
「や、嫌〜よ!アンタと相合傘なんて!!」
カチンときたのはどうやら向こう。
「あっそう、じゃあ入んなくていいぜ。」
そう言うと傘はさっと向こう側に向けられる。
「あっ!!ちょっと、こんな可愛い子を雨に打たせる気?!あんたが濡れて帰ればいいじゃない!」
「何言ってんだ!お前こそもうこれ以上濡れても意味ねぇじゃねえか!…大体これは俺が自分の分で持ってきたんだぜ?なんで俺が雨に打たれなきゃいけねえんだよ!」
宿までの道のりは…始終そんな感じだった、この木の下でも、帰りのぬかるみを歩くときも、二人とも互いに一本の傘を引っ張り合って…宿につく頃には傘なんか意味の無いくらいアタシもチェスターもずぶ濡れで。
そしてそんな二人の様子は、ドアを押して迎えてくれたミントを十分にビックリさせた。

喧嘩をしながら雨の中帰ってきた二人…だけど次の日には二人仲良く風邪をひいて、ミントの手を思いきり焼かせた。
「ゴホッゴホッ!!…バカは風邪ひかねぇって言うけどよぉ…中にも例外ってのはあるんだな…。」
「あんた…クシュッ…これが治ったら…一番にぶっ飛ばしてやるんだから…!」

「まったく、二人ともちゃんと傘をささないからですよ!!」
ぷりぷり怒る白衣の天使がガタンと窓を開け放つ

天空には青と白のコントラストがどこまでもどこまでも広がっていて
地上では豪雨の跡の水たまりがキラキラと澄み渡る青空だけを映していた。



あとがき
ども霧夕です。
お題物『水たまり』と言う事で書いてみましたがいかがでしたでしょう?
なかなか時間が取れなくて毎日ちょこちょこ書いていたためココに何を書いて良いのやら。
『水たまり』から『相合傘』を連想したら書きたい気持ちがムクムクときまして書いた作品です。
一般的なら二人雨に濡れないように一本の傘に寄り添うはずなんですが…この二人なので…ねぇ?
クレスとミントなら入っててくれそうなのになぁ。
ま、多大な期待はいたしません(笑)

それではこのような文を読んでいただきありがとうございました!!
これからも頑張らせていただきます!!では!
(2004・6・12UP)