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「ん~ん、あったかい温泉に冷えた日本酒!いやぁ~極楽~極楽!」
もう何回目になるだろう、ここに来るたび泊まるついでと言ってこの温泉に世話になるのは。
たしかに軽い傷や打ち身を早く治すほか、血行促進、疲労回復…まったく温泉様様だ。
なにしろパーティ一番の年長者がやたら温泉が気に入った様子で…。
いや…ちょっと違うな…。
正しくは『温泉に入りながらの一杯』を気に入った様子で…さっきから白くかかったモヤに、ほろ酔い気分の旦那の鼻歌が響いている。
まぁ気持ちはわからなくは無いけれど…。
温泉に浸かると、何て言うのか…そう、疲れという名の塊が…水を張ったコップに氷砂糖が溶けていくかのような感じに無くなってゆく。
あちらと違ってアルコールは入っていないが、こっちもなんだか鼻歌でも歌いたい気分になってくるほどだ。
…しかし…いくらなんでもさっきから飲み過ぎなのではないのだろうか?
自分の来る前からどうももう飲んでいたようで、脱衣所には中身のすっかり無くなった空の入れ物が何本か並べてあったのを知っていた。
きっとあれが全部ではないのだろう…。
下げられたであろう何本かを足してみても、それは十分な数になっていた。
温まった体にさらに酒が入るというのは度を越すと結構危ないもので…。
それでもまぁ、多分本人は加減をしているに決まっているのだけれども…。
一体今で何本目なのだろう、そんな気持ちで流した視線が湯船に浮かぶ盆に注がれ…白の倒れたとっくりから起き上がっている物へ、そしてなおも運ばれては消える酒へ…どんどん上に上がっていった所で赤い…にやけた顔と目が合った。
「んン~なんだチェスター?お前も飲みたいかぁ~?」
「あ、いや、俺は…!」
いらないから と、壁のように面を作った手に白いつるりとしたお猪口が無理やり、半ば強引に手渡される。
押し返す間も、言葉を発する間も与えられず、白磁の器は見る間に酒で溢れかえる。
少しこぼれて腕の内側を通り、湯船にすっかり紛れてしまう。
ぷ…ん、と普段嗅いでいる物とは違った感じの香りが立ち上った。
この土地でしか作っていないという『ニホンシュ』の香りだ。
この浴場に入ったときからなんだかほんのり酒臭いとは思っていた…。
と言ってもこうやって直接湯船から匂いがしていたわけではなく、空気に溶けて薄く混じっているような感じとでも言えばいいか…。
その香りが手もとの器からダイレクトに鼻に届き…浴場一杯に広がるそれの何倍も濃いのがハッキリわかる。
「ほら、せっかくクレスもいないんだ。飲んでしまえって!」
ひどく楽しそうにあたりを見まわした旦那は言う。
確かにさっき廊下ですれ違ったクレスはもういない。
そして多分しばらくここには来ない事はわかっていた。
なぜならさっきすれ違うとき交わした言葉が…。
「お先に。」
だったから。
浴衣姿に抱えた鎧、そしていつもつけているバンダナがその場所でなく腕の中なのが少し可笑しかった。
激しく何かが足らなかった。
額に。
馴染んでいない浴衣姿よりも…むしろそっちのほうに違和感があった。
あ、いや…まあ、それはともかくとして、相変わらず俺の手の中には強烈な匂いを放つ日本酒が…。
まだどうもしていないので当たり前の話だが。
無理やり持たされたその器は親指と人差し指で丸を作ったようなくらいの大きさで、深さと言ったらせいぜい親指の第一間接くらいなものだ。
いつも見ているジョッキとは大きさがまったく違う。
あちらは握りこぶしをさらに手で覆ってもまだ足らないくらいだと言うのに。
このくらいの量だったら…まあ…。
きっとクレスだったらこのくらいの量もダメだと言うのだろう。
少し考えて小さな器を満たす液体を飲み干した。
冷えているはずなのにそれが通った喉が熱い…。
通り道の奥から発せられる香りが鼻を通って外へ抜ける、不思議と香りのなかにわずかだが甘い匂いが感じられる…浴場には飛んでいない、不思議と甘い香り…。
「…うまい…。」
ポツリ呟いた声にクラースの旦那は満足げな顔でニヤリと笑い、空になった器にまたも表面張力ギリギリまでにそれを注ぐ。
「そ~だろ、そ~だろ!さ、もっと飲め!!」
結局のところ…最終的には俺も…いつのまにか空のとっくりを増やす人員へとなってしまっていた…。
…。
ひどく気分が悪い…。
いや、酔って気持ちが悪いとかそういう意味でなく…。
今の気分を一言で現せと言われたら、多分間違い無く俺はこう言うだろう…。
『やられた』と…。
あいつ、あの『日本酒』って奴…。
あれは食わせ者だった…。
あんなちょっとの量なのに…、いや、まだだいぶ飲みはしたけれど…それでもジョッキなんか比べられないほど少しだと言うのに、こんなにグラグラになるなんて…。
血の巡りを良くする温泉というのも考え物だと思う…。
酒の力をかりて体中に物凄い勢いで血を送り出すこの心臓が、いっそ破裂してしまうのではないかと心配になってもいいくらいだ。
勢いよく立ちあがると目の前が真っ白になり、早足で駆けようものならきっとすぐに壁に崩れ落ちるだろう…。
なにしろ肌が汗をかくことも無く、表面はいたって冷たいものの、その内側はひどく火照っていて頭の中をひどく揺すぶられているようなのだから…。
求めるままにすらりと裏手続く扉を開けると、涼しい夜風と…見覚えのあるシルエットが目に飛び込んできた。
まさしく先客だった。
あまりに体力が無くなりすぎて喋りかける事もせず…扉に手をかけ、しばらくぼんやりとしていると、背後に立つ気配でもしたのだろう…体の向きはそのままに首だけがこちらに向けられる。
「ん?あぁ、なんだチェスターか。何?あんたも夕涼み?」
なんだとはなんだ。
いつもならすぐに言い返すであろうこの言葉が今は口の中から出ようとする気配も無い。
「…。おぅ…。…まあな。」
なんとか言葉少なに発し、同じように少し離れた岩の上に腰掛ける…。
のぼせたせいか、それとも夜の闇に目がまだ慣れていないせいか、あるいはその両方か…目の前が白く霞み辺りがあまり見えなくなっていた…。
それでも夜風だけは平等なようで…他の町とはまた違った空気が髪をさらう。
「ふうん…。」
意味も持たず呟かれたアーチェの言葉が闇にとける…。
「ねぇ?」
どこまでも動くのが億劫な俺は細い瞳だけをそちらによこす。
「ねぇ…なんかさ…忍者の里って不思議な感じだよね…。」
白味を帯びた視界がもとの世界へと戻って行くのが見て取れた…少しずつ、時間をかけてはいるけれど。
あちらは視線を夜空に向けたまま、こちらの事などお構い無しの様子。
不思議な感じ…というか、書物に書き記されるほどの独自の文化なのだから言い切ってしまってもいいのではないか。
反論だけが頭に響く…。
なにしろ度肝を抜かれると言うのはこの事で、俺は生きていて今まで一度も、踏むと落とし穴に落とされる仕掛けや、針が降ってくるなんて家は見たことが無かった。
ダンジョンなどでは話がまだわかる…だが…普通の民家だぞ?
住んで、暮らす家だ。
…不思議の固まりだろう?
「…なんか空気が澄んでるって言うかさ、穏やか~って気がすんのよね。…星とかもすっごい光って見えるじゃん?」
あぁ…そういう事か…。
ようやく慣れてきて見えるようになった瞳で星を見上げると、アルヴァニスタやベネツィアなんか比べ物にならないくらいの明るさと、星の量に目を見張る。
なるほど、今まであまりここでこうして眺めている事は無かったからな…と戻した視線に鼓動が一つ大きな音を立てる。
視線の先には夜空にうかぶ星をぼんやりと眺めつづけるアーチェの姿…。
夕涼み、といったか…温泉につかって温められた肌がほんのりと桜色に染まり、まとめられた髪は幾分かボリュームを無くし、一瞬誰なのか間違えても仕方ないほどだ…。
同じような浴衣を着こんではいるものの不器用なこいつはそれをいかんなく発揮しているようで…俺やクレスが着ているよりもだいぶ肩は落ち、前の交差されたところは歪んで見える…。
その少し大きく開いた首元に…湯上りと言う事で火照った肌が多少汗ばんでいるのだろう…乱雑にまとめあげられた髪の束からこぼれおちるそれが首筋にはりついて…背中や…その華奢な鎖骨へと流れている…。
なんだかその姿が妙になまめかしく…どうにも直視できない俺はあらぬ方向へと視線を泳がせる…。
さっきまで汗などかきたくてもかけなかった肌が、今度は嫌な汗をかき始めているような気さえした。
「…。」
静寂が二人の間を包み、あたりにはもはやふくろうの鳴き声だけとなっていた…。
ちらりと横を盗み見ると…アーチェは何事かを考えているのだろうか…静かに目を閉じ月夜を仰ぐ…。
その姿の中には、普段のあのうるさい姿は微塵も感じられなく…別人を前にしているかのよう。
まるで植物が太陽の光をその身に受けて光合成をするように…月の光をその身に浴びている…。
光に照らされたその肌がほんのりと淡く輝き、体全体で何かを感じ取っているような…このどこまでも広がる深い森と対話しているような…もしかしたらこの身にまとう大気ですら何かを感じ取れるのか…そんなような気さえしてきてしまう…。
月が彼女を照らし出すように…彼女もそれに応えるように、あたりすら白く柔らかく輝いて見えた。
光のせいだろうか…いつも見ているはずの幼く見えるはずの顔が…今はやけに大人びて、なぜか不思議と神聖なものに見えてくる…。
(…こいつ…アーチェだよ…な…?)
片肘をつきぼんやりとその姿を眺めていると、さっきまで閉じられた瞳が急にパチッと開かれ…その視界に俺を捕らえる。
あまりにも急で、こっちも反射的に顎につけていた手の甲を離して構えてしまう。
「な…なによ、こっち見て…。」
「い、いや…別に…?もしかしたらその間抜け面のまま寝てんじゃねぇのかと思ってな。」
「なによそれ、んなわけないじゃん誰かさんと違ってさ。」
べぇっと目の前で舌を出したアーチェはじゃあね!お・さ・き・で・し・た!っと短く吐き捨てると、すとんと座っていた岩から降りて部屋の中へと消えてしまった。
(…さっきの…カケラもねぇよなぁ…?)
そう思い返して、さっき彼女がそうしていたように月を仰ぐと今度はグラリと頭が揺れる。
見上げるどころか、うつむいてぐったりするくらいしか出来そうもない…正反対に俺は砂利を見つめていた。
うつむいて開かれた首元を…冷えたグラスは狙っていた。
外気より冷たいそいつは外側に水滴の汗をかき、ゆっくり…だんだん他の水滴を巻き込み加速度的に速さを増して1滴の雫を作り、狙った場所に勢いよくポタリと落ちる。
「うおっ!冷てぇ!!」
驚いて反射的に伸びる背筋、その後ろではけたたましく笑う声。
「てっめえ…アーチェ!」
睨みつけたはずの視線をイタズラっぽい顔と鼻息で返され、ずいっと突き出されたグラスで視界が埋まる。
「あによ。やっさし~いアーチェさんの心遣いに感謝こそされ、てめぇ呼ばわれされるいわれはありませんよ~だ。」
目の前でグラスの中の氷がカラリと小気味良い音を立てる。
「いらないの?麦茶。」
「あ、や、いや。…いるって。」
冷たく冷えたグラスが手の平に気持ちよく、こくりと流し込む麦茶が体に染み渡る…。
すぐ隣では同じようなグラスになみなみと注がれた麦茶がどんどん流し込まれて消えていた。
(変な奴…。)
…さっきの話を思い返す。
こいつはこの里が不思議な感じだと言っていた。
それには俺も賛成だ。
だがそれよりも不思議だと思う奴がいる…。
同じ奴を見ているはずなのに…光を変え、角度を変え、どんどん違った面を見せる…。
例えるのならば万華鏡…。
…同じものを見ているはずなのに回せばまわすほど…どんどん違う面を見せ、似ているものはあれど…同じものなど一つもない…。
度々見たこともない面を見せる…一体どれが本当なのか…そういった意味で不思議だった。
まぁ…
そんな事言いはしないれけど。
また一つグラスがカラリと音を立てた…。
あとがき
うい、霧夕です。666hitキリリク作品いかがでしたでしょうか?
リクエスト『アーチェの普段は見えない一面を見たチェスター』ということで書かせて頂きました!
一面どころか悪ノリをして普段見えるのを含み三面分を…。
ちゃんとリクのご期待に添えているか心配なのですが…。
ちなみにネタ的にギャグが多いので一風変わった温泉ネタでやってみたつもりですが…どうでしょうね?
イメージ的は『しっとりはんなり浴衣美人』な~んて…見えないかな。
たまには、ね。
悪くないと言っていただければ幸いです。
ちなみに『日本酒』について書いてはいますが自分はこいつの良さがわかってあげられません(ぇ)
こっち系飲めないんで…。
こちらは666hitを踏まれました朔夜 迦陵様へ差し上げます☆
こっそり組み込んだものに気がついていただければ嬉しいです(笑)
こういった感じの物でよければ気に入っていただければ幸いですが…。
ま、煮るなり焼くなりおすきにどうぞ!
それ以外の方は持ち出し禁止となっておりますのでご了承下さいね。
それではこのような文読んでいただきありがとうございました♪
(2004・7・9UP)