ミッドガルズ騎士団長ライゼン
一瞬にして静まった部屋の中、彼が高らかに四名の名を読み上げる。
沸きあがったのは不満の声、振り上がったのは抗議のこぶし。
控えろ、と低くしかし威圧感のこもった声で制すれど、皆の心には火が燻っているだろう事は明らかだった。
 一介の傭兵風情が
  居ね、ここは貴公等の出る幕ではない
   奇怪な風体の奴め 我等が戦列に加わる事すらおこがましい
耳を澄ませなくても聞こえてくる。
それらの矢面に立つ男、ダオス討伐第四特殊部隊隊長に任命されたクラースは
何一つ言い返す事無く
ただその場に立っていた。

 

【Pride】

 

記憶が、胸の中で黒く渦を巻いているのだとクレスは思った。
憤り。
それがこんなにも重たく、胸を焼くほど気分の悪いものだと感じたのはいつぶりだろう?
スプーンで若干薄めなシチューをすくう。
正に今、戦火の巻き起こるであろう戦場、ミッドガルズ。
宿の中、食堂で取る食事は決して美味いものとは言えなかった。
だが、こんなにも不味さを感じるのは決して調理をしている店主の腕のせいでは無い。
わかっている、そんな事。
人の気持ちが明るいものとかけ離れてしまうのはこんな状況では仕方が無い事かもしれない……、だが。
小さくて硬い芋……捨てるのは贅沢だと皮ごとすり潰されこされた人参のポタージュ……水分の飛んだスポンジのようにスカスカなパン……、何百人もの兵士を抱え、さらにそれ以上の各地のつわものを呼び寄せ、爆発的に人口の増えた街……戦火の渦に巻き込まれるのはもはや秒読みである事など全て空気で伝わってしまうようなその土地には命知らずの商人はもういない。
商人たちが寄り付かなくなったせいで物資の供給はきっとままならないのだろう……まだ青いトマトでさえも、ここでは貴重な栄養源だ。
物資が不足し良い素材が手に入らない。
けれど、もしここで最上級の食材を使うことができたとしても、きっと美味いとは言えないだろう。
ぐるぐると言葉が渦を巻く……。
どす黒く、濁った渦を胸で巻く。

聞きたくない。
『はん。颯爽と現れた英雄のつもりか鼻につく』
 『どうやって上手く取り入ったのか手ほどきを願いたいものだ』
  『あの風体ではな、王の目にも留るだろうよ。目新しいオモチャとでも言うべきか?』
聞きたくない 聞きたくない 聞きたくない。
でも、聞きたくなくても耳の中には入ってくる。
黙っていなくとも入ってくる。
カチャカチャと食器の鳴る音や厨房で鍋を振るう音、ジュッとなにかの焦げる香ばしい香りと人々の笑い声の中、ガチャガチャとうるさく鳴る鎧の音と、そして、人のささやく声。
「おい。あそこの奴らって……」
「あぁ、間違い無い。この国がエルフの協力が少ないって所を上手く狙ってきたんだろう?お偉いどころに取り入ってよぉ。汚ねぇよな、やり口が」
「うぇっ、見ろよあの男の体の変な模様。アレ刺青か?ダッセェな笑っちまう」
「あんな奴らにいいとこ取って行かれるなんて納得いかねぇよな絶対」
聞こえないとでも思っているのだろうかと、その会話の中身を聞きながらクレスは思った。
聞こえないならば何を言ってもいいのかと、その会話の中身を聞きながらクレスは思った。
もう、そんな言葉を聞くのは我慢の限界だとも、その会話の中身を聞きながらクレスは思った。
戦列の端に加わるという事が、歓迎されこそすれ非難されるだなんて馬鹿げている。
身に覚えの無いことでそんな風に言われるだなんて間違っている。
僕達はどこも間違ってない。
僕達は何も間違ってない。
スプーンを置き、立ち上がる為にテーブルに両手をつく。
どうしても一言言ってやろうと、両腕に力を入れた所……そこで片腕を掴まれた。
立ち上がれずに横を見ると、同じくシチューをすくっていたクラースが「いいから」と、ただ短く言って首を振るった。
だいぶ冷めてしまったシチューの味は、そこから先覚えていない。
もし、もっと温かい状態だったとしてもきっと美味いとは言えないんだろう。

「僕、どうしても納得いかないです」
縦と横に二つずつ並んだベッド、そのいちばん手前に腰を掛け、両手を組み合わせ硬く握る。
食堂から帰ってきたきり、ずっとそのポーズのまま黙ってしまったと思っていた彼が、しばらくぶりに口を開けた。
夜。
風が少し肌寒いと窓を閉めようとしていた者はゆっくりと戸を閉め振り返り、明朝の作戦の準備をと荷物にチェックの余念の無い者は下を向いていたその顔を上げる、食事を腹に流し込みようやく人心地ついた者は一体何事かと首をかしげた。
まるで独白でもしているかのポーズをとっていた彼がゆっくりとその顔を上げる。
真っ直ぐ見つめた先は彼の人の瞳。
「どうしてクラースさんは何も言い返さないんですか」
詰問でもするように、強い語句を練り上げる。
何も言い返す事をしなかった、何も悪くないのに、何をした訳でもないのに憎まれて、なのに何も言い返さない。
どうして?
「僕だったらあんな事言われて黙っているだなんて出来ないです。なのにどうしてクラースさんは何も言おうとしないんですか」
言いたい事は、飲み込んで溜め込んだ分きっと一杯あるはずだった。
彼は一言も何も言おうとはしなかったから。
「体の刺青の事だってそうです。それは召喚術には必要不可欠なものだし、それを馬鹿にされたりとかあんまりじゃないですか!!召喚術だってクラースさんが初めなわけだし、もっと皆……」
もっと皆認めてくれてもいいのに……と、そう言いかけて、それよりも早く言葉が返った。
なぁ、と尋ねるようにゆっくりと低く落ち着いた声が返った。
「私達はここに褒められたい為に来ているのか? クレス」
褒められたい? 違う、そんな事は願っていない。
「違うだろう? 私達はエドワード殿の助けになりたくて、何かを守りたくてここに居る。あんな奴等には好きなように言わせておけばいい……ここで彼らに一目置かれるということが目的なんかじゃないはずだ。ダオスを倒して世界を、守るべきものを守る為に私達はここにいるはずだ。言いたい奴には言わせておけ。仮に私達より強い者がいたとして、彼らがダオスを獲ればいい。亡くなられたエドワード殿の仇の為、出来れば私達で仕留めたいさ。しかし現実では誰がかなんて問題じゃない。……違うか?」
そして、間にポツリと言った。
それに私は……私自身の事は気にしていない、だから大丈夫だ、気にするなと。
なんでもない事のようにポツリと言った。
「陰口を叩いているあいつらが不満にに思うのもわからないわけじゃない……。私達にとってミッドガルズは初めての国だ。クレス、お前だって同じ席で王から聞いただろう?ここはエルフとは交流の少ない国だと。そんな国を今まで守ってきたのは誰だ?」
あの時右から左へと流した言葉をひとつひとつ、言われてようやく噛み砕く。
エルフとは交流の少ない国、危機に瀕していてもまだ魔術などの協力があまりなされない国、剣と槍そして弓と盾に守られた国、エルフの居ない……人によって守られた国。
「私達にはわからない、この国を守ってきたプライドというものが彼らにはあるんだろう。そんな中、いきなり現れた私達に重要な任務を取られたんだ……不満の一つもこぼさなければやっていけんだろうさ。しかも蔑んできた魔術と同等の力を持っているというからな。矢面にも立つのも仕方ない」
……憤りを覚えるのは誰に……?
誰に……憤りを覚える?
「でも。でもそれでも言っていい事と悪い事が!」
『上手い具合にエドワード殿の後釜に入ったよな』
違う! 僕達はそんな事していない!!
なのにどうして?
非難されるいわれの無い身……、身に覚えの無い事で悪く言われるのは自分なのに、どうして?
どうして何も言い返さない?
なぜ仕方ないと言ってしまう?
なぜ仕方ないと言えてしまう?
「全部仕方ないって……全部わかってるような振りをしてッ……クラースさんホントは、本当はッ」
僕は……誰に憤りを覚えているんだろう。
……誰、に?
言葉が

 止まら
   ない。

「本当はただ波風を立てたくないだけッ……」
最後の言葉を言い切ろうとする前に、短く、だが先程までとは違う口調で強く「クレス」と名を呼ばれた。
言ってはいけない言葉でも言わせないように、言葉は言葉で打ち消された。
今度瞳を射られるのは自分のほう。
彼の人の瞳は先程までと違い笑ってなどはいなかった。
先程までは、何を言っても苦笑のような表情が浮かんでいた。
けれど今は……。
わからない。
全てがないまぜになったような表情、怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも何も思っていないのか……、無表情とも違うそれのなか、唯一わかる事、それは瞳だけは笑っていない事実。
ゆっくりとその事実の幕が落ち、またゆっくりと幕が上がる。
そして肺に入った空気を一度全て出すように、大きくとてもゆっくりとため息をついた。
仕切りなおしにでもするように。
聞かなかった事にでもするように。
「すまんが少し疲れているんだ……先に眠らせてもらっていいかな?」
あぁふ、と大きく聞こえるあくびをし、奇怪な姿をし奇術を操ると言われた男は今度はそんな事どうでもよさそうにシーツと布団の間に潜り込む。
少年はしばらく黙った後「僕は……。ちょっと……外に出てきます」と、言い残したが、誰も彼を止める事も咎める事もする者などいなかった。
誰もが言葉を発しない中、勇敢でとても真っ直ぐな少年は、するりと影のように扉から出て行き、最後には沈黙と、静寂だけが残された。

 

その沈黙を一番最初に破ったのは、眠ると言って一番先に横たわった学者だった……。
その言葉に一人の少女は首を傾げ、耳を傾けたのはもう一人の少女だった。
言葉は、こう……続いた。

「何もかも平気なわけじゃないさ」
すっぽりとシーツに包まれて、そこから僅かにはみだした灰色の頭が枕に半分埋もれていた。
「……いわれの無い事でとやかく言われるのは正直私だっていい気がするもんじゃない」
言葉は壁に反射して、不思議と静かに心に響く。
「けれど相手はダオス軍だ。奴一人ならいざ知らず、モンスターを率いた大群だろう。そりゃあ私達は強くなったさ……けれどな、4人で全ての軍勢に勝てるわけじゃない。そんな前で仲間割れなんてしていては、この戦はきっと負ける」
中央の明かりは落とされて、残ったランプの火が揺れる。
ゆっくりと……穏やかに空気が部屋を循環する。
「別に皆で仲良くしたいだなんて思っている訳じゃない。強大な力に太刀打ちするには私達は小さく、弱い……互いに協力しなければ、スタート地点にも立てないだろう……。それにもし、ここで喧嘩を始めたとしても、それに勝てば認められるわけじゃない。……正直なところ一発くらいぶん殴ってはやりたいがな」
壁を向いたまま、顔を見せないクラースは、フッと聞こえる声で笑う。
「だけれども思ったよりも腹が立たないんだ」
薄暗い部屋……ランプの淡い橙の光……油の匂い……。
「どうして、ですか?」
言葉の先を促すように、透明な声は溶けて……消える。
空気も息遣いも全てが皆溶け合って、ゆっくりと部屋を満たしてゆく。
「そうだな……あいつのせいかもしれないな……」
「まだ子供ならいざ知らず、そこそこいったいい大人がネチネチと文句や嫌味を言ってくるのははっきり言って気分が悪い。けどな……私よりあいつが自分自身の事じゃないのに先に、そしてひどく怒っているのがわかるんだよ。それが……なんだか嬉しくてな……」
そう言って、シーツから伸びた手は枕元のランプの鎖を掴み、カチリという音で部屋はまた少し薄暗さを増す。
「まぁ……あいつは何も言い返さない私の事を『プライドの無い意気地無し』と思ったかもしれんがな」
言葉がひとつ、零れ落ちた。
「そんな……そんな事は……」
はっきりと一言が言えなかった。
その言葉を言えなかった少女をかばうように、男はまた、何も気にしてはいないと言いたげに言葉を続ける。
「なに、そのうちクレスもわかってくれるさ……。そのうち……、いつか……きっと、な……」
その夜、男はその言葉を最後に眠りに落ち、朝がくるまでふたたび口を開かなかった。
「クレスさん……」
呟いて、ミントが向けた視線の先、木のドアの向こう側には赤いマントがただじっとたたずんでいることだろう。
詰まった息遣いがすきま風に紛れて聞こえてくる……誰もが皆そう思った……。

その晩は……誰もその扉を開けようとはしなかった……。

彼が、帰ってくるまでは。

誰も扉を開けることはしなかった。

 

 

 

 


あとがき(反転)
霧夕です。
9800hitキリリク『大人なクラース』ということで書かせていただきました
こちらの作品いかがでしたでしょうか?
『大人なクラース』というか『子供なクレス』というか、そんな感じ。
とにかくクレスの青さが目立つ。失言とかね。
書く際に小説版の所を読んでいたりなのですが、
やっぱりクレスは熱くなりすぎた上での失言とか無くちゃと思うのが
自分的には重要なとこだったので…; 抵抗のあった方すみません;
さてさて、当初は大人なクラースさんかぁ、どうしようかな〜と色々考えてみたのですが、
まだまだ『大人』というものについてよくわかっていない若輩者の私なので
「ギャー!!クラースさん大人〜〜vv」なものではないかもしれませんが、
楽しんでいただけたのでしたら幸いですv
こちらは『自身のプライド感』についてクレスとクラースの両者から書いているのですが
ある種クレスとクラースが良い感じに書けているのではないかな?と思います。
でももうちょっとクラースさんが個人的に叩かれてドロドロの方が書きたい所がハッキリ出て良さそうですが(苦笑)
良くも悪くも真っ直ぐなクレスと大局を見て耐える事を知っているクラース、
私が書く物ではめずらしいコンビですがなかなかに新鮮で楽しかったです。

このような感じになりましたが、こちらは9800hitを踏まれました涼海 陽様へ!
もしかしたら「…大人?」なモノかもしれませんがもしよろしければお納めください;;
こちらは涼海 陽様以外の方は持ち出し禁止となっておりますので以外の方はご了承下さい。

それではここまでお付き合いくださった方々へ
どうもありがとうございましたv

(2005/6/10up)