数え切れないほどの夜が来て、数え切れないほどの日が昇る。
あれからどのくらいが過ぎたかなんて、指折り数えるなんてゴメンだから。
指を折ったあとで出るため息で窒息してしまう気がしたから。
だから…とうの昔にカレンダーなんか破り捨てた。
時間なんて、100年なんて、自分の知らない場所で勝手に過ぎていればいいのにと…。
一緒にいられる時間でも、ちょっとした仕草に胸は潰れそうに痛むのに。
途方も無い時間をどう過ごせばいい?
抱えきれない思いはどうすればいい?
わかってる。そんな答は誰も知らない。
キミニハヤクアイタイ
そんな事を願っても時間は早くなんて進んでくれはしない。
100年間と口に出せばあっという間に言えるのに。
実際100年間というものはなんて長いものなのか…想像なんてつきやしない。
これから自分がどうするなんてまったくといっていいほど考えれない。
でもね、一つだけ今から決めてる事がある。
それはね…

外から吹き込む秋の風はいよいよ寒く、きしむ音を立てて窓は揺れる。
ミルクティーを入れるためと加湿の為に火にかけられたポットがカタカタと音を鳴らし、部屋にはそれと小さな鼻歌が流れている。
曇った窓にキュキュっと指で落書きをして、透明な隙間から空を眺めると、薄曇りのにぶい空は何か言いたげに雲を流す。
「嫌な空。降るなら雨でも雪でも降ればいいのに」
曇りの日は別に嫌いじゃない、でもできれば晴れがいい。
雲ひとつ無い真っ青な空。
どこまでも高く空に近づいて、できることならそれに触れたい。
クラースが昔たとえ話で言ったように、空が天井でできているならさわれたのに、でも知ってるホントはさわれない事も。
やわらかく過ぎる風を受け、海を渡る鳥と並び、人の住む地が見えなくなると、上も下も見覚えのあるあの蒼で…でも届かない、わかってる。
それでも手を伸ばさずにはいられない。
懐かしい蒼…憎まれ口も叩きはしない、薄く笑ったりもしやしない…でも、わかっていても…どうしても…どうしても触れたかった。
まだ届かないとは知ってはいても。
「どうしたの?ぼんやりして」
後ろから何ともいえない紅茶の香りが近づいて、ニパっとあたしは振り返る。
「んーん。なんでもない。ただあんまり嫌な雲だったから雪でもなんでも降ればいいのにと思ってさ」
ひかれた椅子に腰を下ろし、紅茶の湯気を鼻から吸い込む。
「あら、困るわ。まだ編み終わっていないのに」
カップの中にミルクを入れる、まるで水の中で入道雲ができたみたい。
また入道雲が見れるのは来年の事か…秋の夜の虫のコンサートももうとっくにおひらきになった。
コトンと置いたミルクピッチャーの向こう、カゴに入った赤い毛糸と途中のマフラー。
糸の先は編み棒の先の指の中で器用に踊る。
「アハっ。だいじょぶだいじょぶ、多分まだ雪には遠いよ。ね、そのマフラー大分長くなったけどもうそろそろ渡すんだよね?誰に〜とはわかりきってるから言わないけどさぁ〜」
鮮やか過ぎる赤い糸が彼女の指に引かれ、カゴの中では毛糸が回る。
ポチャンと音を立てて入れられていく角砂糖はあっという間に形を無くした。
「う〜ん、そうねぇ…もうずいぶん長くなったし…このくらいでいいかなと思うんだけど…」
「…だけど?」
カップの中身を一口すする。好みの味にはまだ足りない。カチャリとカップの下にしかれたお皿が音を立てる。
「だけど残りの毛糸がねぇ…ちょっと余っちゃうのよね。もう一つマフラーを編むには足らないし…かといって残ってももったいないし…」
どのくらいの糸でどのくらいの物が出来るのかなんてあたしにはさっぱりわからない。
せっかくだからと一緒に始めた編物も、かなり初めに投げ出した。
ひと編みひと編み教えてもらって進めてたのに、出来上がっていくのはガッシリ編まれたごわごわのマフラー、所々穴も開いている。
ミラルドさんの指先を器用にすべる毛糸とは対照的に、あたしの毛糸は指の先で、それはもうくちゃくちゃに絡まった。
残骸は足元の袋の中、日の目を見る事は無いだろう。
「ふ〜ん。じゃぁさ、全部編みきっちゃえばいんじゃない?ほら、よくあるじゃん『二人マフラー』あれやっちゃえば?」
ふふっじゃあそうしようかしら、とミラルドさんは少女のように笑ってみせる。
こんな人がクラースを尻に敷いているなんて変な話だ。
そんな事を思いながら、でも尻に敷かれている姿はなんだかピッタリに思えるのも変な話。

少女のようだけれど、それだけじゃなくとても強い人…クラースの『遠恋の人』で…ずっとずっと長い間を待っていた。
いつ帰るかわからない、もしかしたら帰ってこないのかもしれない、そんな人を、ずっと、ずっと、待っていた。
指先から伸びる赤い糸はきっとしっかりクラースと結ばれていたに違いない、どんどん編まれていく赤い毛糸を眺めているとなんとなくそう確信が持ててくる。
じゃあ…あたしは?あたしは一体どうなんだろう?
甘い想いのカケラを放り込むと、どうも入りきらなくなったのか…カップからは想いが溢れて零れた。
自分でも持て余すほどの狂おしい気持ち。
時にむせるほどの甘い想いは、まだ伝える場所を知らず、小さな胸で渦を巻く。
時に激しく…時に穏やかに…。
時間はいつもどんな時でも変わらずに、彼女のそばを通り抜ける。
緩やかに…そして残酷に、カチリカチリと時を刻む。
「ねぇ…ミラルドさん…」
訊いてみたかった。
ずっと信じて待っていた、自分の先を歩んだ彼女の言葉。
100年は、遠い。
遠すぎる。
「運命の…赤い糸って信じてた?」

泣き出しそうなほどにか細い声、誰にも聞こえないくらいに空気に混じる。
「え…?なに、赤い糸ってあの赤い糸?」
柔らかい視線が瞳を射る。
「うん…あの運命の赤い糸…」
じっと眺める自分の小指は何もかかっている気がしない。
もしかしたら赤い糸なんてかかっていないのかもしれない。
もし仮にあったとしても繋がっている先も確かじゃない。
何もかも不確かなのは自分と同じ…
ピタリと彼女の指の上を滑らかに滑る赤の毛糸は流れを止めた。
ごくり、と生唾を飲み込む自分の音が、耳の奥に大きく響く。
口が、開かれる。
「…信じてないわよ」
えっ?
聞き間違いじゃないのかと驚いた瞳は見開かれ、言葉を紡ぐよりも何かを語る。
「『運命の』赤い糸でしょ?信じてないわよ?」
さも当然のようにサラリと口から言葉が続く…待っていたのに?信じていたのに?信じてないの?本当に?
「え…だって…ミラルドさん…」
「あら、だって、赤い糸は素敵だって思うわよ?でもそれを簡単に『運命』なんて言って欲しくないじゃない?アーチェちゃんもわかると思うけど…誰かに恋している時って本当に一生懸命になるじゃない?でももし運命の赤い糸って言うものがあって、一人の人と結ばれたとするわよ?じゃあ…今までで一生懸命になった自分ってなんだったの?って気がしない?上手くいったら運命で、上手くいかなかったら運命じゃないの?あたしは嫌よ、そんなの。頑張ったのはあたしだもの『運命』なんかに横からちゃっかり持っていかれるなんてゴメンだわ」
「…あ」
「だからあたしは『運命の赤い糸』なんて信じないのよ。元から用意されてるものなんかじゃない、恋した自分が紡いだものだって、紡いだ想いのその太さで上手くいったりダメだったり…想いが細ければ途中で切れちゃうし、想いが短ければ当然続かない…」
トクントクンと胸が小さく脈打っているのがわかる…。
伏目がちに喋る姿のそのまわりを囲う綿毛のように柔らかな空気。
クラースが好きになるのもわかる気がする…。
とても、とても素敵な人…。
「運命なんてわけのわからないものよりも、自分の頑張りを信じたいじゃない?…ね?」
「…うん」

「…と、いうことで」
「ということで?」
手の平に収まっていた編みかけのマフラーがテーブルの隅に押しやられ、変わりにミラルドさんの顔がずいっとこっちに近くなる。
「うん。ということでなんとなく、素敵なお話も終わりましたし、お姉さんとしてはな〜んでアーチェちゃんがそんな話題をふってきたのか、その心境なんかをきいてみようかな〜vなんて」
「ふ…ふひぇっ?!」
さっきの大人っぽい顔から一転、今目の前にある顔はどうみてもにこやか過ぎている笑顔、いたずらっ子のようなそんな顔。
「ささ、話してみたら意外と楽になるかもしれないわよ〜?」
「え…ミラルドさん…なんか…本気?」
あら当たり前よ、と笑って頷いてみせるその姿…少女のような、大人のような、少年みたいな不思議な人。
こんな人が、クラースを尻に敷いているなんて…と思ったのはさっきの事。
でも、それ、みんな、前言撤回!!
クラースが尻に敷かれるのも無理の無い話!
「さあさあ、吐いちゃったほうが楽になるわよ〜?」
「ひ…ひえぇっ〜〜っ!!」

 

 

数え切れないほどの夜が来て、数え切れないほどの日が昇る。
あれからどのくらいが過ぎたかなんて、とっくの昔に忘れちゃった。
小指の付け根から伸びる赤い糸。
細かったなら太くしよう、短かったら伸ばしていこう。
編みかけでくちゃくちゃのあのマフラーのように見た目は全然ダメかもしれない、途中で穴は空いていて、その先でこれでもかってほど絡まっているかもしれない、でもほら、100年間って長いから…あたしにはそれだけの時間があるから、ゆっくりほどいてたぐっていこう。
ガッシリ編むのには自信があるし、プツンと切れちゃう気はしない。
どんな風に編み上がるかは全然決めてないけれど。
でもね、一つだけ今から決めてる事がある。
それはね…
絶・対!こっちから会いになんて行ってやんないってこと。
100年間も待つんだもの、はやく来ないと本当に承知なんてしないんだから!
ねぇ、わかってる?!
わかってるの?

…へぇっ、クシュっ!!
ひときわ大きなくしゃみが響き、側の丸太に止まっていたアキアカネが驚きの余り空へと逃げる。
「…ぁんだ?風邪でもひいたか…?」
くしくしと鼻下を軽くこすっていると一匹のアキアカネと目が合った。
睨んでやるとすぐに空へと逃げ去ったが。
空はもうすっかり赤く染まり、影がなかったら空を飛ぶ大量の赤とんぼなどきっと見分けがつかないだろう。
見事に燃えるあかい夕日…こんな色を、以前自分は見た事がある…そんな事を思いながらなんとなく大空に手を伸ばす。
自分の手を透かすように、空を所狭しと飛び回る秋のとんぼを捕まえるように、見覚えのある『何か』に触れようとするように…。
自分達の時代に帰ってから、一体どのくらいが過ぎたのだろう…、言葉通りすぐに飛んでくると思っていた…。
「おっそいじゃん、もう!」と、いつも通りに騒がしくやってくると思っていた。
…でも…。
「っ何考えてんだ…、ば…っかじゃねぇの、俺!!」
痛っ!
思い切り勢い良く振り下ろした手が木材の角で擦れた。
つ…とにじんだ血が手の甲のしわに沿って広がり、指の付け根に線をひく。
赤い…細い…糸のような…。
なんとなくじっとその線を見つめ、なんとなくそっと呟いた。
「なんで…すぐに来ねぇんだよ…」
聞こえないように、聞かれないように、小さくそっと呟いて、小指にかかった赤い糸、小さくそっと口付けた。
誰もいない 誰も知らない もし仮に誰かが見ていたとすれば それはきっとアキアカネ
秋空を飛ぶアキアカネ
大空を舞うアキアカネ

 

 

 

 

 


あとがき
どうもv霧夕です。
相互記念ということで書かせていただきましたこちらの作品、いかがでしたか?
リク内容チェスアーで「ほろ苦くて甘い感じ」ということで何を書こうかなぁ…と迷ったんですがこのような感じにさせていただきました。
一番はじめは甘くて苦いのが思いつかず、ベタに行ったらビターチョコか…ううむ(悩)と。
こちらはそうやって色々書いていたらいたらポン!と出てきた言葉から膨らませていきました。
いや、ちなみにテイルズとも何とも絡んでいない言葉なんですけれどもね。
絆。→ボクとキミは繋がっている?→約束、指きり→赤い 糸→絡まった、絡まっている
といった具合。ちなみに大元は二番目の言葉。
しかし「ボク」って誰さ!「キミ」って誰さ!!(笑)
ほ〜らテイルズと絡んでませんね〜。
なんだか違うお話もできそうではありますよ。
なんでか少しクラミラも混じってますし。ね。

こちらは時瀬あおる様へ相互ありがとうvvということで書かせていただきました。
どうでしょう?リクエストにお応え出来ていれば良いのですが…苦いのが途中から何かに化けた気がしなくも無…?
このようなものでよろしければお納めくださいませv
それ以外の方は持ち出し禁止とさせていただきます。

それでは最後まで読んでくださった方々へ
どうもありがとうございましたv
(2004・9・14UP)