「ッいってえ!!」
歩いていたらいきなり後ろから腰あたりに誰かぶつかってきた。
よろけつつもギッと後ろを睨み付けるチェスターの目に彼よりだいぶ幼い少年、とっ捕まえてやろうとしたその手を少年はヒラリかいくぐり
「邪魔な場所に突っ立ってんじゃねーよ!」
と、暴言のおまけをつけてもう走り去っていた。
気に入らないのはぶつかられたチェスターのみ。
「んだよ一体!!」
明らかに怒気をあらわにし一人文句を言っている。
「あの子、すっごく速いんだよ。」
側にいた緑の髪の男が苦笑を押し隠し話し掛ける、反応したのは初めから箒でふよふよ浮いてダメージを受けていないピンクの髪のハーフエルフ。
「え〜なになに?やっぱりアルヴァニスタレース!!とかそんなノリ?」
「そうそう!もしかして結構有名だったりするんだ?!彼。」
話に乗り出してきた彼とは正反対に引け腰でしまったと頭を掻く、まさか過去でも似たような事があったからなんて言うわけにいかない。
「え…あ、いや〜、友達が前こっちに来た事あってさぁ。」
そんなんだ?と軽く納得の様子をみせて男は少年の走り去った先をうっとりと見つめ一人呟く…
「…勝てる人いるのかな?」
アーチェの耳がピクリと動いた。

「ね〜ね〜クレスさっきの聞いたよね?」
頭上ではアーチェが楽しそうに飛び回る、首だけをクルリ向けて何が?とあまり話を聞いていなかったクレスは問い返す。
「だ、か、ら!アルヴァニスタ記念レースよ。れ、ぇ、す!!」
ピタリクレスの鼻先に指が向けられる、かと思えば急にその手をパン!と気持ちの言い音をさせて打ち、なおも話しつづける
「過去での称号『マッハ青年』としてはコレは競わないとでしょ〜!!日ごろの鍛練の成果を計るいいチャンスなんじゃん?」
前半本音、後半口実でマッハ青年を口説き落とす、そう 彼は 稽古とか訓練とか そういった類でからめるとたいていの事はやる気になる 軽い トレーニングマニア?な節があった。
現に今も周りから見れば解りすぎるほどのアーチェの誘い文句にはまってしまっているようで、しばらく口元に手を当て考えては一人頷いている。
次に見えている答えは一つ。
「うん。いいね、やろう!」
その言葉に喜ぶもの一名 やれやれとあきらめた顔多数 と、あとは腰をさすり面白くないといった表情若干一名 そんなパーティだった。

観客席と称した街の一角に、戻ってきたのはクレス。
先ほどまでやる気まんまんで勝負を申し込みに行ったのに、スタートラインに立たずこちらサイドに来て腰を下ろす。
その代わりマッハ少年の隣には…
「なんでチェスターが走るの?」
帰って来たクレスに当然の質問をアーチェはする、クレスは少し笑ってさあ?としか答えてくれない。
その横顔はひどく楽しそうに見えた。

〈そう、はじめは彼だって走る気だった。
しかしいざラインに立とうとした時、ずいと一歩先を越された。
「俺が走るぜ。」
え…と一瞬止まるクレスにさらに言葉が続く。
「コレ以上おまえにイイ格好させるかよ。これでもお前のライバルだしな!」
「…。」
にやりと笑いかけるチェスターに続いてクレスもにやりと笑う。
「わかった。」
しかしその笑いは少しだけ意味合いが違うようで
「アーチェ達も見てるしな。がんばれよ!」
という言葉を投げかける。
帰って来た言葉は
「ばーか。」
の一言…背中を向けていたため表情は定かではなかった。〉

「どうせ勝てないと思うけどなぁ〜…。」
足を勢い良く投げ出したアーチェの予想はこうだった。
その瞬間パアンと気持ちの良い音が響いた、レースの始まりだ!!
皆の視線が一点に集まる。
スタートダッシュは同時、いや、どんどん間をはなす、食材屋を通りぬけもうすぐ壁の裏に入る、今の先頭はチェスター!
「え、え?もしかして楽勝?!」
そう思っていたのはチェスターも同じだったようだ。
だいぶはなした少年をちらりと見やる
(なんだ、クレスもたいした事ねぇな…)
まあクレスが競い合ったのは過去のマッハ少年なので比べるのは少し違ってはいたが。
しかしそんな二人と対称的な意見だったのがクレス。
「いけると思っちゃいけない、相手の力量がわからないし油断は大敵さ。」
ポツリ放つその言葉は、走った者だからわかる言葉のようにも聞こえた。
「あ!きた来た!あ、あ、すごい追い上げ!!」
さすがにマッハ少年の称号を我が物にしているだけはある、後半の追い上げは凄まじかった。
先ほどまでだいぶはなしたはずの少年はスロースターターだったのか少しづつチェスターとの差を詰める。
じわりじわりとしかし確実に。
「あ〜あ〜、抜かれちゃうよぉ〜。あ!あ〜あ。」
頭の後ろで手を組んで見てらんないなぁとアーチェはくるり背を向け呟く、対照的にクレス達は行く末をじっと見守っている。
「ったく、…。」
アーチェはまたコースサイドに向き直り、スウと息を大きく吸う。
肺一杯に空気を吸い込んだその口から今度は二酸化炭素と思わず耳を塞ぎたくなるほどの…
「コラぁー!!バカチェスター!!ちょっとくらいはマシなとこ見せなさいよーー!!」
…大声が飛び出した。
「うるせえー!!黙って見てやがれ!!」
かと思えば向こう側でも同じような大声が。

ホントにバカだと思った…きっと走るだけでもう心臓は一杯一杯で、大声なんか出してる余裕どこにも無いのにムキになって叫び返しちゃって。
でも黙って見てろって言われたからってわけではないけどその後口から言葉が出て来なかった…。
最終ラップに入りもう十分に離されたと思った二人の間、それを今度はチェスターが詰め始める!!
あいつは昔から負けず嫌いだしなぁ…とすぐ隣からクレスが喋る言葉が聞こえるが何でだろうひどく小さくしか聞こえてこない。
アタシの真紅の瞳が見つめるものはただ一人。
彼の表情はいつになく真剣で、その蒼の瞳はただただ己の前のみを映している 他は 何も 映っていない…。
先ほどまでとは全然違う、青みがかった銀髪はなびき、まるで風をまとっているよう…いや違う、まるで彼自身が風そのものみたいだ…。
ジリジリと詰めた距離はもう後少し…なのに、なのにアタシの瞳は他の人を映そうとしない。

ゴーーーーール!!!
そのレース終了の合図で我に返った気がした。
向こう側にはゴールを知らせるフラッグがバタバタとうるさい音を立てて勢い良く振られてる。
戸惑うアタシの周りでは皆がわいわいと歓喜の言葉をあげる。
フラッグの影の間からレースの勝者が、その姿を現した。
さっきまで前しか見つめていなかった蒼の澄んだ瞳が、つい と自分を見つめて足をこちらに進める。
(え…な、何?近づいてくる…?)
ピタリ止まった先、アーチェの視界はすべて彼によって遮られる。
「ん。くれよ。」
ズイッと差し出された手に反応して多少引け腰になってしまう、ギシギシと錆び付いた歯車のようになかなか上手く回ってくれない頭をなんとか働かせると、いつのまにか手に渡されていたフェイスタオルの事だとわかり、つい勢いづいてバッと突き出してしまう。
「う、あ、はい…お疲れ。」
さんきゅ、…軽く言われたそのお礼がなんだかみぞおちあたりでむずがゆい。
言葉の主は先ほど全力疾走したため相当暑いらしく、普段つけているスカーフを手早く取り首筋に張り付いた汗を今しがた渡されたタオルで乱暴に拭う…いつもは隠されている骨ばってがっしりした鎖骨があらわになってアーチェの心臓をバクバクさせる。
「見なおしただろ?」
急に言われたものだから思わずそらして伏せていた瞳を反射的にあげる、目の前にはイタズラっぽい笑い顔、喉が…詰まる音が聞こえた気がした。
なんて答えたかは覚えが無い、ああ…とかうう…とかなんともつかない返事をしたかもしれない。
そんな言葉になっていない言葉でもチェスターは満足したのか、クルリ背を向けると彼の昔からのライバル クレスに自身の片手に力こぶを作りもう片手でそれをパチンとはじいて歩み行く。
「見たかクレス〜。大、勝、利〜〜!!」
少しずつ遠ざかる背中を見ていると昔聞いた言葉がすぐ近く、頭の中で響く。

〈小さい頃ってさあ…そういえば頭のいい子と足の早い子ってカッコ良く見えちゃう二大要素なんだよねぇ。〉
そんなことを聞いたのは確かにここと同じ場所、過去のアルヴァニスタの一角。
あの時はそうなのかなぁってたしかに思っていた。
幼い時期はという話だったし。
前回はそんな気持ちはカケラもわかんなかったし。

 〈足の早い子ってカッコ良く見えちゃう二大要素なんだよねぇ…〉
耳にその言葉がまとわりついてるみたいで、ぷるぷると犬が耳を振るように頭を振っては追い払う。
さっきアタシの腕からタオルを受け取った今日の主役は、その親友の肩に手を回し得意げに笑い合っている。
なぜだろうさっきから自然と目が彼へと吸い寄せられる
 〈カッコ良く見えちゃう二大要素なんだよね…〉
頭の中でなおも響くその言葉に、いやいやいや、まさか?かっこよく?見えてるわけ…ないない!!
ぶんぶんと勢い良く頭をふっていると
「…ぉ〜い!!アーチェ?…置いて行くよ〜?」とようやく自分が呼ばれている事に気づいて「あ、待ってまって!」と、あわてて小走りでパーティ最後尾まで付いて行く。
なかなかこの消えないこの言葉と、追尾機能がついてるんじゃないかと疑えるような自分の視線にまだまだ今日は耳を振らなければいけないみたいで最後尾でももう何度も頭を振っていた。

ちなみにその日マッハ少年に見事打ち勝ったチェスターには『激マッハ野郎』の称号がつき、そしてもう一つ、ほぼ一日中と言っていいほど頭を振っているアーチェにはパーティから『もしかして犬?』の称号がつけられかかったというのは

ホントかウソか   ちょっとした小話。




あとがき
ども霧夕です。『疾風のごとく』いかがでしたでしょうか?
割と上手く書けたんじゃないかなぁと思うのですが、欲を言うならレースの情景をもっと魅力的に書けたら良かったかな。
そして皆さんは小学生位の時『かっこいい男の子の条件』に運動が出来る子と頭の良い子で分かれませんでしたか?
私のところは見事にだったのです。
そんなとこから発展させてのお話なのです。

では最後まで読んでいただきありがとうございましたv
(2004・6・1UP)