「なんであんなの渡したんですか?壊れてるのに」
1番窓際のベッドからは、外の様子が良く見える。
わしゃわしゃとタオルを頭の上で行き来させ、アーチェのなすがままに頭を拭かれながら、
すずはふかふかの寝床に腰をかけ、先程から湧きだして止まらぬ疑問を口にした。
「ん〜? なにが〜?」
右へ左へ、前から後ろへ、頭を拭くくらい自分で出来るのだけれど、
なぜか先程からされたい放題になっている。
こちらを拭く前に自分こそ濡れているのだからと
自分で出来ますと無言のアピールのつもりで頭上に手を伸ばしたが、
それに気づいてか気づかずか、わっしゃわっしゃとタオルに頭と体が持っていかれて阻まれた。
何往復かすずの頭をタオルが行きかって、ふいにアーチェの手がぴたりと止まった。
「あぁ、傘の事?」
「そうです。なんであんな……」
壊れた傘を、と続けるより早くアーチェが片手を振る。
「いいの、いいの。あっちの方がミント達には役に立つんだって」
そうしてまた笑ってタオルが動き出す。
頭が回る。
そんなすずのすぐ横では、暖炉で薪がパチパチと部屋に温かさを添え、
ぐっしょりと濡れて色を濃くしたチェスターの上着が側で吊るされていた。
水がほたほた落ちる間隔は大分開いて、かなり水も落ちたようだ。
だが繊維の奥まで染みた水分はまだ当分落ち切りそうに無い。
チェスター自身が「散々な目にあった」と言っても何らおかしくない。
これもすべてあの壊れた傘が壊れていたせいだ。
ちゃんとした傘であったのならば、ここまでひどくずぶ濡れになる事はないのに。
『壊れた傘』
ぐっと力を入れても開かないそれが、どうして役に立つのかとすずはわからず首をひねった。
ほとんど嫌がらせでは無いのだろうか?
役に立つなどあり得ない。それ以外の答えも無い。
「お喋りも程々にして、代わってやるからお前もそろそろ頭ふいとけ」
濡れた衣服を干し終わり、乾いた衣服に袖を通したチェスターが首にタオルを掛けながらこちらに寄ってくる。
すずがそれを目で確認するより早く、また自分は首降り人形のようになる。
だから自分でやるからもう大丈夫ですとまた頭上に手を伸ばしたが、
やはりタオルに頭と体を持っていかれて阻まれた。
しかし、どことなくさっきより力強いが心地いい。
タオルの音にかき消されながらもアーチェの「ありがと」という声が耳に届く。
「いくらバカは風邪引かないって言っても、万が一引かれても面倒だからな」
ため息が、ひとつ。
すずのものでも無い。
ましてやチェスターのものでも無い。
「お礼を言ったあたしがバカだった」
「お、なんだ。わかってんじゃねーか」
自分の頭上で口論が始まりかけている、けれどそれがどう白熱しようとも
変わらずすずの頭に添える手は優しいままだった。
髪の水分は、もうほとんど取れていて、暖炉に少し当たるだけで、元通りサラサラになるだろう。
もう髪を拭かれなくても十分なのはわかっていたが、
タオル越しに頭を撫でられるのがなんだかとても心地良く、
もう少し黙っていてもいいかなと、すずは体の力を抜いた。
おや、と覗いた窓からの景色がほんのり変わる。
「あ、雲が動いています。雨、止むんじゃないですか?」
「えっ? ホント?!」
アーチェが首を伸ばしてそれを確認する。
小さな窓からは厚く積もった雲が徐々に街を離れようと準備を整えているようで、
アーチェは思わず片手を頭に当てた。雨が止んでしまっては元も子もない。
「あちゃ〜!! この調子じゃ傘、役に立たないじゃん」
確かに雨が止んでしまっては傘の出る幕はないだろう。
けれど残念がる話でも無し、雨が降らなければそれはそれで普通の天気なのだから。
「ですから、そもそも」
頭を柔らかなタオルごしに撫でられながら、ベッドの上ですずが飛び跳ねるように抗議した。

「壊れてる傘は初めから役に立ちません!」











(2009/9/23 up)