小さい頃のなりたい夢は『かわいらしいお嫁さん』
今でもその夢は変わらないけれど、『かわいらしい』という形容の前にいつのまにか少し修正が加わった。
なりたいものはかわいらしいお嫁さん、『あの人の』かわいらしいお嫁さん。

記憶の中に残っているその日はどれも青く澄んだ空に真っ白な雲が浮かぶ晴天で、村中がどこか浮き足立つ程に温かく穏やかな風が吹いている。
そんな日の風の匂いはいつも澄みきって爽やかだったので、その空気を胸一杯に吸い込むのがアミィは好きだった。
いつもの天気の中干した、お日様の香りの洗濯物を抱きしめ深呼吸をするのも好きだったが、増してその日の内に干したシーツの香りはなぜかいつもよりより一層心を穏やかな幸福感で満たしていく。
結婚式。
日もとっぷりと暮れる時間帯。
あんなに明るく周りを照らす太陽は落ち、かわりに鮮やかな色の夜のカーテンがそっとかかる。
光に溢れていた時には見えなかった小さなきらめきが、キラキラと淡く小さく輝いている。
宝石箱みたい……と、シーツやタオルを抱えながらアミィはほぅと溜め息をつく。

外の会場ではすでに焚き火が赤々とたかれ、それを囲んでの宴会へと祝いの席は姿を変えているだろう。
昼頃でも祝い酒としてのワインは出ていたが、昼間からのお酒はシスターから「ひとりグラス一杯まで」とキツク言われ、お酒が大好きな大人達は毎回ぐっと夜になるのを待ちわびるのだ。
もちろん今までに「めでたい日なのだから今日くらい羽目を外してもいいじゃないか」と交渉をする人も現れたのだけど、皆一様にシスターの一喝の前にすごすごと我慢の子になるべく自分の席へと戻っていく。
ちなみに正しくは一喝ではなくかなり長いお説教になるのだけど、裏に連れて行かれてのお説教なので皆はじめの一喝しか見る事ができず、帰ってきた人のしょぼくれ具合でかなりこんこんとお説教されることが予想されている。
『いつもは優しいシスターだけど、怒らせるとかなり恐い』
そう過去に怒られた人は語り、その話を聞きながらアミィはクスクスとおかしそうに笑い、ある者は「何当たり前の事言ってんだい」と呆れた顔を、またある者は「そりゃあんたの方がタチ悪いからなんじゃないかい?」とおどけて言う。
違いない。
周囲のその一言でどっと大きな笑い声が立つ。
そんな輪の中で過ごす時間が幸福で、幸福で、いつまでもこうして暮らせていけるといいなと、笑い過ぎで出た涙を人差し指で拭いながらアミィは願ったものだった。

パチンパチンと洗濯バサミが落ちていく。
パステルカラーが可愛らしい洗濯バサミはそれ専用の籠の中、取り込んだ洗濯物は腕の中。
今日は疲れたな……と、まだ物干し竿に掛かったままのシーツにおでこをすりつけて目を閉じた。
なにしろ今日はいつもよりとても忙しく働いたのだ、もう疲れて全身クタクタだ。
ふくらはぎがパンパンにむくみ、階段を歩く1歩でさえも億劫で、足が棒のようになるというならそっちの方がよっぽどいいかわからない。
それでも重たい足を持ち上げて2階に上がる。
洗濯物がやけにかさばる。
今朝早く起きてこの洗濯物を干してから、アミィは今日ほとんどの時間を会場で過ごしていた。
それは会場設置の準備だったり、皆に出す料理の炊き出しだったり、飲み物や食材……パンなんかが足りなくなるとゴーリの店と会場の教会とを行ったり来たりの往復をしたり。
手が足りないところは総出でカバーし、また逆の場合カバーされる。
忙しいのは自分1人だけでなく、村全員それぞれが自分の出来る事をし、狩りに、用意に、1週間程前から皆何か役割を振られていた。
アミィはその料理上手なところを買われ、ほとんど炊き出しの火の側だった。
いくつ玉ねぎの皮を剥いたとか、ジャガイモをいくつ洗ったかとか、数える事も馬鹿らしくなるくらいで覚えがない。
それくらいの量を作った事を思い出して、あらためて今日は晩御飯の用意をしなくてもいいという事実にホッとした。
あとはもう洗濯物をたたんで寝るだけだ。
確認する様に頭の中で呟いて、取り込んだ洗濯物を山となるほど両手で抱え、そのまま形でベッドに倒れ込む。
埋もれたままの形でいると、言葉通り洗濯物の香りに包まれて、なんだかとっても心地良い。
お日様の匂いだ……。
のそのそと起きあがって洗濯物をたたまなくてはいけなかったが、このまま充足感に包まれて寝てしまうのも良さそうだ。
むしろこのまま寝てしまって、明日の朝洗濯物をたたみ直すのが1番正しい選択じゃないだろうか?そんな思いが頭をもたげる。
頭から洗濯物に埋もれている状態ははたから見れば奇異に映るだろう。
が、勝手知ったる自分の家だ見られて困る事も無い。
どうせいるのは自分とその兄だけなのだ。
ふかふかに乾いた洗濯物にゆっくりと頭が沈んでいく、それと同じ位の速さで夢の中へと落ちていく。
後に残るしなくてはいけない事としなくても良い事を頭の中で考えながら、まどろみの中へと落ちていく。
体はヘトヘトに疲れていたけれど、なぜだか今日1日を思い出すと幸福感と充足感と包まれていた。

思い出すのは喜びの言葉。
思い出すのは誰もの笑顔。
『おめでとう!』
『おめでとう!!』
その日、村は喜びに満ちていた。
祝う言葉は今日を門出に新たに歩む二人の為に。
小さな村トーティスは、他の街に比べれば歩いてすぐに塀にあたるほどこじんまりとしているが、その分どこの誰が最近こうだとか、家庭の中で起こったささやかな出来事があっという間に村全体に広がったりしていたので、村というよりもむしろ大きなひとつの家族のようなものに近く、喜びはほぼ全員で共有し、困った事があったならお互いがお互いを支え合うように自然とそんな形になって、それがアミィは好きだった。
暖かで穏やかなトーティス村が好きだった。

きっと……ずっと……いつまでも……

 

そして洗濯物の山からは、いつしか寝息が漏れ聞こえる……

 

 

 

 

 


作品のコメント

phanta festa!阿弥陀企画 お題【仲良し】いかがでしたでしょうか?
『仲良し』と言えばファンタジアは皆大体仲が良いので
どこからでもサクッと書けそうな気がして悩む事はそう無かったです
今回は特定の個人同士ではなくトーティス村に落ち着いているのですが
当初は『仲が良いだけでは物足りない もう1歩進みたいアミィちゃん』にしようかなという所からスタート、
そこから「ほんと2人仲が良いわよねぇ」とアミィちゃんをからかう主婦とかいそうだなぁから
どんどん転がっていってそういったおばさんや村の人とアミィちゃんが書きたくなりクレスがどっかに落っこちましたw
狙え企画の異色系! かぶるとなんなのでここは少数派を狙いました(←ホントか?!)
自分の提出した記念作品の方で甘かったから釣り合いを取りたい説もアリ。
きっとトーティスはすごく人の心があったかい村だったんだろうなとの妄想込み
(じゃないとアミィちゃんみたいないい子は育たないと思うのですよ
というかアミィちゃんみたく可愛い子は大人に可愛がられないわけないと思うんですよねぇ
すごいおばさん仲間でほのぼのしてるイメージがあります)
で、シスターとか、酒好きの大人達だとか、かなりの脚色を入れています
更に言うと鐘付きの緑の髪の人とかその周りの少年とかも妄想はあるんですけれど
それはまた機会があればということで。
こんな感じですが楽しんでいただけたなら幸いです。

(2006/3/1 up)


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