「行ってきます」
そう言ってドアを押し開けてからも、雨は絶えることなく降りそそぎ、
ミントは傘に落ちる雨の音に何か懐かしい音楽を連想させた。
それは手の平に収まるほどの、小さな手回し式のオルゴール。
宝物のようにそっとつまみを回し始めると、
空に浮かぶ星が、ひとつまたひとつと空から地上に降って、眠りに落ちる幼いミントの夢を飾った。
その頭の中に流れる短い曲に合わせ、つま先でゆったりとしたステップを踏む。
そうやって何歩かを進んでいくと、
不意に足元に敷かれたレンガがカコッという音を立てて傾き、
ミントの重心がバランスを失う。
「キャ……!」
しかしほんの少しだけ小さくステップを踏み、
ミントは上手く雨水を避けて、少し先の違うレンガに乗った。
乗ったのは赤茶色のタイル。
それにそっと乗りながら、ミントは一瞬にして拍を上げる心音を押さえ込むように、
胸に手を当てて息を吐いた。
そうして可憐な色の傘をクルリと回して辺りを見ると、
レンガで舗装された道の上には、大きな水溜りがあちこちに現れているのが見てとれた。
土が柔らかいのか、良く見てみると他にも所々地面が波打っているようで、
敷かれたレンガがまるで乾燥した指先の様にあっちこっちささくれだっていた。
ゆっくりと、いつも通りに歩いてみると靴先や踵のヒールにレンガの端々が引っ掛かる。
(この道、よけい危なくないのかしら……)
一見舗装されているように見えるのに、とミントは覗き込むように地面を眺める。
屈んでようやくわかる道の凹凸は、あちらこちらにレンガの側面や角が道に出っ張って、
逆に真っ平らな場所を探す方が困難だった。
子供が道を走ろうものならつまづいて転んでしまいかねない。
晴れた日にはわからない僅かな窪みが、雨によって浮かび上がり、
手抜きの工事を水溜りと言う形でわかりやすく表しているようだった。
そんな事を思いながらもミントのブーツは足を止める事無く水溜りをまたぐ。
ひとつ、ふたつ、大きな水溜りをもうひと越え。
いつしか水溜りをよける足元の動きは、ダンスのようにステップを踏んでいた。
頭上では雨水が心地よい音色を奏でている。
波立つ歩道をわたって角を曲がる。
坂を下った先の、ログハウス調の道具屋に恐らくクレスは居るはずだ。
腕にかかる傘が揺れる。
迎えに来た事を伝えたら、彼は何と答えるだろう? もしかしたら驚くだろうか?
そんな事を考えながら、ミントは浅く目を閉じる。
「そうね、クレスさんだったら……」
驚いて、それからにっこり笑ったりして――。
「ありがとう、ミント」
ポッと自分の頬が上気する。足元がふわりと揺らめいた。
「きゃ!」
ふいに訪れた冷たさに片足を引き抜く。
けれど時すでに遅し。
うっかり水溜りに足先を踏み入れてしまったらしく、靴先が水で濡れている。
「あ……やだ、私ったら……」
先程とは違った意味でミントの頬は赤く染まった。
足先に冷たい水の感覚がしたが、それはほんの一瞬の事のように体温にじんわり同化してゆく。
不思議だ、思ったよりも冷たさが気にならない。
今度はうっかり足を踏み入れたりしないよう、足元を気にして先を急いだ。
今度は雨音の……オルゴールの音は流れない。
けれど勝手に足が浮かれて跳ねている事に、ミントはまだ気が付かない。
「ふふ……クレスさん、なんて顔するかしら?」











next>>

(2009/8/9 up)