気持ちカサカサに乾いた紙を広げると、そこには世界が広がっていた。

足の下には砂ばかりが広がって、風に吹かれ山を作り谷を作り、視界にはどこまでも続く波が映る。
海の波でなく、砂の波。
飽く事無く続く砂の波。
ゆらゆらと人を小馬鹿にするように揺れる、砂と空との間に続く道を見ていると、なぜかふいに溜め息が漏れた。
踏みしめる砂は地面に留まる術を知らないそうで、風に吹かれてはさらわれを今も昔もこれからも、変わる事無くずっとずっと永久に繰り返すのだときいた。
足元の砂を手で軽くならす。
太陽に熱せられジリジリと焦げつきそうな程になっている。
そんななか熱風を頬に感じながら、山になった場所を掘ってみても、谷となった場所を掘ってみても、出てくるのは同じ砂ばかり。
カラカラに乾いた細かな細かな砂ばかり。
あっという間に指の隙間からこぼれていって、次から次に舞ってゆく。
土は熱風に煽られて、いとも簡単に砂になってしまうのに、一度砂になってしまうと土に戻る事はかなり難しくなるのだそうだ。
そして土が砂になるのを止める事も、同じ位難しい事だという。
それほどこの砂漠という特殊な場所で水分を保つ事は難しい。
それは土だけの話でなく、人も動物も魔物でさえも皆平等。
もちろんそんな事を思う自分にだって。
例外は無い。
いやに喉が乾くといってさっき含んだ水分が飲んだ端から背中で汗に変わっていく。
ほぼ背中を覆ってしまうほどのシミをつくり、べっとりとして気持ちが悪いと思うより早く水分という水分が飛び、気が付けば残った塩分や何かそういったものだけが背中に取り残され、やたら白く残り、さざなみの跡ようにあちらこちらに痕を残す。
「水分だけじゃなく、ちゃんと塩分も摂れよ」
砂漠を歩き始めて少し経った頃、クラースの旦那が水ばかり欲する皆を見渡し口を酸っぱくして言っていた。
「ほら、お前もだ」
ズイと差し出されたのは『ウメボシ』

「あぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ、あっついよぉ〜〜」
バジリスクの鱗を探した時、自宅へ父に会いに戻った時、何度来てもいつもこうだ。
照りつける日差し、どこまでも続く砂漠。
いつも、どの時代でも変わらない。
それが無性に腹立たしくって勢い良く足元の砂を蹴る、急に向きを変えた風が仕返しのつもりか顔にかかり、ほとんど砂を頭からかぶる。
「あ〜ん!もぉサイアク!」
そう言いながら、犬が濡れた身体から水を飛ばす時みたいに頭をブンブンと勢いよく振った。
結果服の隙間から砂が入りこみ、1歩またと1歩進むたびパラパラパラパラ上から下へと痒みを伴い落ちていく。
服も髪もとっくに細かな砂にまみれ、もうだいぶ前にブーツの中はジャリジャリになってしまっている。
足の指と指との間に溜まる砂が、気持ち悪い。
そんなことを感じながら、太く、硬い、ピンクの髪に手ぐしを入れる。
すると、強すぎる日差しと熱風に運ばれる砂のせいで、指がいつもよりも上の位置で絡まり止まる。
髪がきしむ。
たまらない。
けれど砂だらけの場所は、まだそれだけでは飽き足らない。
「ふぅ」
溜め息が漏れる。
『砂漠』
普通の道よりも歩きにくい、砂しかない地面。
この暑い中それでも我慢して1歩1歩進もうとしているのだけど、地面を踏むたび足がわずかに砂に沈み、疲ればかりが身体に溜まる。
緩やかな蟻地獄にかかっているようで、地面が自分の足を離さない。
ただでさえ熱で体力を持っていかれてしまうのに、苛立ちが手元……いや足元ばかりに重く残る。
こんな時こそホウキでつい〜っと飛んでいけたらいいのだけれど、何が起こるかわからない時の基本はいつも『体力温存』
飛ぶのにだってマナは使うし、精神力だってタダじゃない。
ここぞという時に使い物にならないわけにはいかないのだ。
今はコンパクトに格納されているレアバードが恨めしい。
砂で旋回不能にならなければとっくの昔にこんな砂漠おさらばなのに。
道具袋の中でガチャガチャ揺られてるだけの役立たず。
「たまんないなぁ」と、またぼやいた。
後ろを振り向けばクラース、それに続いてクレスにミント。
自分の歩いた後に続くそれぞれがそれぞれに消耗して、もうだいぶ会話も無い。
当初同じように呟いていた「暑い」という言葉も徐々に声ではなくなって、消えた。
(……ま、そりゃ当然よねぇ……)
水分なんてとっくの昔に搾り出された肌がはちきれんばかりに張りきって、空から降り注ぐ光によって焼かれていく。
食べ物に例えるならば、豚の丸焼きとか鶏の丸焼きとか、多分あんな感じだろう。
肌はこ〜んがり焼けてパリッパリ。
丸焼きにされたのの気分なんて聞いた事が無いけれど、いい気分がするはずがない。
一応の所、ミントもアタシも船に乗っている間に日焼け止めを塗ってきたので、これでもだいぶマシな方かな、とは思うのだけど。
もし日焼け対策をしなかったら?
まず、赤く腫れる。
肌が白ければ白いほど赤く火照り、水に漬けても、夜になっても熱がなかなか引いていかない。
シーツが擦れるのにすら「痛ッ!!」と反応するほどで、ひどいとなると寝返りすら打てなくなる。
1晩中水風呂に入っていたいと本気で思った事も、ある。
でも今回はきっと大丈夫。
「おい、どうした?急に言葉少なになって……。体調が悪いならちゃんと言えよ」
ピクンと言葉に反応すると、茶色の帽子が喋っていた。
じゃない、違った、クラースだ。
「あぁ。うん、何でもない何でもない!ちゃんとお水も飲んでるし、暑いけど体調とかも気持ち悪くなったりとかしてないし。クラースこそ疲れて戦力になんないとか大丈夫ぅ?」
皆の中で一番お年寄だもんねと笑うとすぐにでもうるさいなという声が返ってくる。
全身に施した刺青、足首や腕にぶら下げた大量の鳴子、それはともかくいつも肌身はなさず被っているつばの広い帽子。
それがこの砂漠で日差しを遮るものとしてピッタリだった。
他に帽子と言えばミントも頭に被っているが、クラースの物とはちょっと違った頭にちょこんと乗せるタイプのものだから、日を遮る効果は全くと言っていいほど期待薄。
あたしも帽子のようなものを被っていない点では同じなのだけれど、以前初めて砂漠を越えようとした時と今とでは、やはり二人共経験が物を言うようで、足取りがまったく違う……ような気がした。
皆一度物凄い暑さにあったおかげで、少し『暑い』という事に慣れたみたいだ。
ただ1人、例外を除いて。
前を向くとチェスターが1人、黙々と砂を踏み進んでいた。

「あちぃ……」
一言目にはこの言葉、二言目にもこの言葉。
言ったところで何も変わるわけじゃない、それでも言わずにはいられない。
ずんずんと大股で歩く先は砂しか見えず、思いだけが行きつく目的地の影を追う。
砂しか無いこの大地、一体今どの辺りにいることか……。
わからない。
もうずいぶん前に水分の抜けきったカサカサの紙……地図を広げるとそこには世界が広がっていた。
小さく赤で描かれた港の点と街の点、地図上ではたったこれほどの距離なのに、まだ辿りつく気がしない。
真っ直ぐ目指して歩いたつもりが知らない所で道に迷ってしまっている気さえする。
頭の上をギャアギャア騒いで飛ぶ鳥が、今少しだけ忌々しい。
射落としてやろうかと睨みを利かせる。
「よ!だいぶ暑そうじゃん!大丈夫〜?」
あん?と振り返れば、目に飛び込んできたのはピンク色。
「……なんだよ。先に言っとくけど汗臭いのはしょうがないかんな」
「もう、誰もそんな事言ってないじゃん?せっかく様子見に来てあげたっていうのにさ〜」
誰よりも一番暑い暑いといっていた奴に言われる言葉と思わなかった。
そう思ったのがつい顔に出てしまったようで、『何その顔』と、すぐにそれを指摘される。
「言っとくけどアタシの方があんたに比べて色々と経験豊富なんだからねっ!」
色々と経験豊富、ねぇ……?
聞き返してもよかったけれど、言葉が勝手に口の中でもごついて、消えた。
「んじゃぁ今どのへん歩いてるんだよ?」
飲み込んだ言葉の代わりにそう聞くと、まくる袖も無いくせに腕をまくって「もちろんよ!!」とピンクが地図の上に身を乗り出す。
単純というか、バカというか……本当にこいつ扱いやすい。
そんな事を思いながらふと足元に視線を落とすと、熱さに参ってしまった虫が一匹限られた避暑地を求め、はためくズボンの裾に必死の思いで張りついていた。
人の足元に付くなんて……、気が付かれて払い落とされるならまだにしも、ヘタをすれば命を落としてしまう事だってあるだろうに。
こんなに暑くてはもう何でできた日陰でも構うものか、そんな物言わぬ虫の意思は理解できそうだ。
俺だって、少しでも日陰があるなら入りたい。
払い落とすのは……。
なんだか可哀想になって、やめた。
砂の海。一体今どこを歩いているのだろう?街まで一体あとどのくらいかかるのだろう?
わからない。
隣では地図に頭を突っ込んだポニーテールがゆらゆらと風に揺れている。
片側からは光が差して、自分の影が地図の上にかかっている。
バレないようにゆっくりと自分の影に小さな影を連ね、心の中で毒づいた。
(バカだな……俺)
隣では、アーチェがすっぽりと影の中に入っていた。

(なによ、そんなに汗臭いのが気になるなら地図から手を離せばいいのに……)
そうすれば受け取るだけ受け取って少し離れて歩いてあげるのに。
さっきから魚が餌をつつく様に地図を数回引っ張ってみたけれど、どうも反応が無く、仕方なく地図の片側を手で持ち覗きこむ。
大体の場所はわかっている、過去で何回も通った道だ未来でもそうたいして変わらない。
「んっとねぇ……今はこのへんかな」
茶色くすすけた紙の上につぅっと指を滑らせる。
なぞった指を1点で止めて視線を上げるとすぐ横にチェスターの顔があり「どこだよ?」と言って近くなる距離に慌ててしまう。
「よっ、よかったじゃん!あともうちょっとで休めるっぽくて」
声がうわずる。
心臓が跳ねる。
反射的に視線を外し、行き場の無い視線が地面に落ちる。
落ち着け、落ち着けと念じる自分となに気にしてんのよという自分がせめぎあう。
とにかく何か他の事を考えよう、そんな結論に達した。
視線はさ迷い、見るところによれば挙動不審に映っただろう。
けれど気にしない、というより正直なところ気にしている余裕が無かった。
「あっ、ちょっ!ちょっとチェスター。あんたズボンの端になんか虫くっついてるじゃん!」
見たところ毒虫ではなかったけれど手で払おうかと軽く屈む。
「あぁ、いいんだよ。どうせ何の害もないんだろ?」
伸ばした手を引っ込めたそりゃあそうだけど……「なんで?」
もう動悸は収まっていた。
「ねぇなんで?」
返ってきた答えは……「別に」
(別に……ねぇ?)
しぶる答えが気になって、さっきとは打って変わりじっとチェスターを覗き込む。
しばらくそうやって見ていると、根負けしたんだろう、額をガシガシ掻きながら言いづらそうに
「ただどうせ同じ暑いんなら、できた影に入ってりゃ片一方はまだ涼しいだろ」
とのろのろと言い訳めいた返事をした。
「ふう〜……ん?」
ずいぶん優しげな事を言うじゃないの、らしくなく、ガラになく。
でもそんなに隠そうとする事でも無いだろうに。
たしかにちょっとからかえそうなネタだけど。
(変なの)
プイとそっぽを向かれた横顔を目で追いながら、なにかが妙に引っかかる。
そう思うそこで自分をすっぽりと覆う影に気が付いた。
誰のって?
そりゃあもちろん……。

 『できた影に入ってりゃ片一方はまだ涼しいだろ』

「ばっ……バカじゃないのっ?!」
疑問にポンと浮かんだ答えがどんどん確信を帯びてゆく。
気のせいかもしれない、考え過ぎかもしれない、それでも女の子扱いされているかもしれないと気づいたが最期、頭の芯が熱くなる。
恥ずかしい。
大食いだとか馬鹿女だとかいつも失礼な事ばっかり言ってるくせに。
なんで、なんでこういう事するのかなぁっ?
いつも優しいクレスならまだしも、たまにこういう事をされると恥ずかしいばかりでどうしていいかわからない。
弱っちいくせに。
砂漠なんて初めてで辛いはずなのに。
はず……なのに。
男とか女とか、年上とか年下とか、そういうのは関係無い。
もしかしたらただの勘違いかもしれないのに、口は勝手に動いていた。
「あ、あんたバッカじゃないの?!」
上ずる声を隠し切れず、ごまかす様に手に持っていた地図をぐいと押し渡す。
「っ、なんだよ急に!」
そう言いながら地図を受け取る指先は、毎晩続ける弓矢の特訓のせいだろう、所々あざのような痕があり薄汚れて、でもそれでも自分より、もしかしたらミントよりも白く華奢で細長い。
気が付けば、道具袋に手を突っ込んでフレアマントを勢いよく投げつけていた。
耳が、熱い。
「ぶはっ!なっ、何すんだよ!!」
「うっさい!あんたそれでも巻いてなさいよ!多分……ちょっとは、熱さとか和らぐだろうからっ!それだけっ、さいならっ!!」
言い捨てて元居た場所に踵を返す。
あんな事をされて、それでもなお自分は同じ場所に立てるように思えなかった。
何を話せばいいかとか、どんな顔をしたらいいかとか、わかんない。
全部わかんない。
足元で砂がザシザシと音を立てている。
なのに何も耳に入らない。
(バカは……、あたしだ)
おかしいな。
日焼け止めを入念に塗ってきたはずなのに。
こんなにも、 頬が、 火照るなんて……。
おかしいよ……。
盗み見るつもりで走らせた視線がかち合った。

熱い……。

 

 

 

 


あとがき?…のようなもの
ども、霧夕です
こちらの作品は2005/7/18〜の水無月とむさん主催
OVAファンタジア完結記念祭『phanta festa!』への提出作品となっております
「これはもう参加するしかっ!!」と熱暴走のごとくの作品でしたがいかがでしたでしょうか?
何書こう、どれ書こうと参加者様に被らない様いつもと違う方面にしようかとも思ったのですが
やっぱりせっかくのお祭りですし、もちろん書くのも私ですし(苦笑)
自分が楽しまなくちゃということで自分的原点で書かせていただきました。
以下はお話の経緯になりますが、当初書きたかったシーンから二転三転しての流れだったのですが
書いているうちにテンポ悪すぎる上に長すぎる…ということでカットに次ぐカット(苦笑)
当時プレイしていたアビスにヒサシスキットが出てきた時は相当 買Mャッ!!と思ったのが記憶に新しいです^^;
さて、そんな大元のネタの1シーンも折角ですので残しておきます。
気の向いた方はよければ「ふ〜ん」程度にご覧下さいー。
【それがどうやったらここに辿りつくのかわかりにくい元の文章】
ちなみにこちらを書いている時砂漠についてかなり思いをはせたのですが
体験していない事を想像する事は難しく、同様に他者に伝えることの難しさを切に感じておりました。
少しでも、砂っぽさとかジャリっぽさとかそういったものを感じていただければ幸いです。
…そのうち砂丘でも行ってみるかなぁ???

(2006/4/1 サイトup)